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 このブログで2020年のコロナ禍の始まりで、パリを捨てて田舎暮らしを楽しみながら、リモートで仕事をするフランス人が増えたことを書いた。英国の富裕層は大自然の中に立つポツンと一軒の古城を買い込み、住み人も増えた。

 一方、インドネシアでは首都ジャカルタの人口増にインフラが追いついかず、2024年以降に首都移転を決めた。人口過密、道路の渋滞、慢性的洪水、地盤沈下は放置できない段階に突入し、移転しか選択肢がなくなったという。

 米経営コンサルティング会社ATカーニーが発表した「世界都市ランキング」で、東京がアジアトップ、2位はシンガポールだった。これは単に都市機能の潜在力を評価したものだが、首都への人口集中度はアジアではソウルが50%超えトップで、アジアで唯一増加割合が上昇中だ。

 その韓国を除けば、日本は総人口における首都人口の割合が30%に迫る2位で、ジャカルタの人口増に悩むインドネシアでさえ、4%に過ぎない。パリ及び周辺県のイル・ド・フランスは、人口がフランス全人口の 18.7%、欧州大都市で最も人口の多い英国のロンドンの人口が英国の全人口に占める割合は12.7%だ。

 国の総人口に占める大都市住人の割合の大きさは、結果的に都会育ちの人間の急増を意味する。日本では東京大学の学生の首都圏出身の割合は3割を越え、早稲田、慶応大学となると50%に迫ると見られている。つまり、政治家、官僚、大企業リーダーの多くは都会育ちで、田舎育ちは少数派だ。

 結果的に都市化が進むアジアでは、大都市で育つ人間の方がアドバンテージが高く、田舎育ちは、その機会さえ与えられないのが現実で、大都市と田舎の貧富の差は広がる一方だ。

 ところが欧米先進国では、都会育ちのメリットより、デメリットが大きいことが注目され、コロナ禍で子育てを理由に田舎暮らしに切り替えた世帯が急増したのも、田舎暮らしのメリットを考えてのことだった。

 昨年、英国の科学雑誌「ネイチャー」が発表した世界38カ国、39万7162人に対して行った調査で、田舎で育った人の方が、空間認知能力が優れており、それは生涯にわたって影響を及ぼすとの論文が発表された。

 空間認知能力とは個人が自身の周囲の空間を認識し理解する能力を指すが、人間が必要とする様々な能力に影響を与えている。

 たとえば、都会育ちは一見、入り組んだ道路、網の目のように張り巡らされた鉄道網などが日常の中にあるため、空間認知能力が高いと思われるが、季節によって変化する山や森の自然の方がはるかに複雑で空間認知度の訓練には最適とされる。

 都会育ちの典型はタワーマンションだが、タワマンの子どもは伸びないと指摘されるのも、高い位置の空間には複雑な環境が存在しないからとも見られている。その意味では、今、日本で人気が高まっているキャンピングは空間認知能力向上には大きな効果を生んでいると言えるかもしれない。

 一流大学に入るために空間認知能力はそれほど問われていない。しかし、近年、多くの分野で必要とされる創造性や新しいアイディアを生む能力には大きく影響を与えている。その意味ではイノベーションスキルの劣化も懸念される。

 芸術、特に美術においては空間認知能力は圧倒的な重要さを持つ。子供の頃から複雑な自然の中で育つことによって、その能力を高めることができるのは自明の理だ。

 都会生活は自然と異なり、人間に様々なストレスを与えている。小学校の時から電車で遠い有名私立に通う姿は、本人たちにいい影響があるはずがない。一流大学に入るためなのだろうが、心の不自由度は生命力に影響する。人間耐性だけが身に月、自然耐性は身につかない。

 地方は東京に憧れることはあっても、東京の住人が田舎に憧れる例は少ない。一般的に大都会にはスケールの大きな大物を育てる環境がないといわれ、そつなく何事にも器用に生きていく人間が多いとも言われる。自然環境は人間の大きな可能性を育て理想も育つ。情操教育にも田舎が有利だ。

 何も都会育ちに偉大な政治家や官僚、企業経営者が生まれないとはいわないものの、サイズの小さな人間が生まれる可能性も否定できない。祖国愛や愛郷心が薄ければ視野が狭まるのは当然だ。激変する世界の中で、予測不能な状況に自分を適応させる能力は、ますます必要になっている。

 人間には困難な状況に遭遇した際、過去の成功体験をもとに問題解決しようとする本能が働くのが常だが、日本人は特に予測不能な状況に強いストレスと不安を感じる国民性がある。

 激変する世界に対処するスキルは都会育ちと田舎育ちで、どちらが有利なのかは、その環境変化によって大きく違ってくる。だが、少なくとも非常に複雑な変化の激しい自然環境の中で育った方が空間認知能力が高いために、迫りくる複雑な状況に対しても有利と言えるかもしれない。

 都市化が進み、都会育ちが増え続けるアジア諸国は、そのデメリットが表面化する時が来ているのかもしれない。大都市での生活にこだわる日本人に違和感を感じる欧米人は多い。

 日本に住むフランス人や英国人、アメリカ人の勝ち組で東京に住んでいる人はいない。自然豊かな環境を手に入れ、豊かな自然の中で子育てする人間が、最も勝ち組と評価されている。むしろ、東京や大阪に住み続けるしかない友人を憐れんでいる例が多い。

 富裕層の子弟教育にスイスの全寮制校が選ばれるのも自然環境が大きい。

 人口が都会に集中するのは途上国型とも言える。実際、100人以上の従業員を抱える会社の全国に占める割合は東京が37%で圧倒的なのに対して、英国ではロンドンの割合は16.6%にしか過ぎない。

 せっかくコロナ禍でリモートワークが進み、地方に移住する人も増えているわけだから、日本でも勝ち組は都会のタワーマンション生活者ではなく、豊かな自然環境を手に入れた人を差すよう変わるべきではないかと思う。器用な人間より、大胆は変化をもたらす人材が今、最も求められている。