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 単一言語、単一民族といわれる日本の例に留まらず、人間は自分に似た考え、発想を持つ人を好むものです。夫が人事で異文化の海外の駐在員になり、帯同した妻が1年、2年で帰国してしまう例が多い理由は、何も子供の教育だけでなく、異文化適応の限界に達した例も少なくありません。

 パリで駐在員の日本人妻たちがグループを作って励まし合いながら必死で生き延びている姿に遭遇したことがあります。なんとか孤立感を和らげ、フランスで生き延びようとする人たちです。中国人や韓国人も自分たちのコミュニティーを作り、それは世界中同じ事がいえます。

 ビジネススクールなどで開発された異文化適応のカルチャーショック曲線というのが、グローバルビジネス研修などで使われていますが、私のように国際結婚していれば話は別ですが、自分が好きでも嫌いでも3年から5年駐在する人にとっては異文化に入り込むレベルは違います。

 中には赴任鬱に陥る人、最後まで馴染めず、成果も出せずに帰国する人もいます。某大手自動車メーカーでパリに3年間駐在し帰国した女性に話を聞こうとしたら「その話は絶対したくない」と断られたこともあります。カルチャーショックを克服できずに帰国したことが想像できます。

 憧れのパリに来て最初は「ハネムーン期間」と行って、日本の面倒くさい人間関係から解放され、見るもの聞く者が心をウキウキさせる時期があります。それは日本で養われたイメージによるものですが、やがて自分の知らない本当のフランスを知るようになると違和感を通り越して不快感が広がるケースもあるわけです。

 電車やバスは時間通りに来ない、購入したテレビや洗濯機が来ない、設置した洗濯機は1週間で故障した、パリ16区の100年は経つ高級アパートに住んだら、上階の部屋の人の歩く音が響き、眠れないなど、花の都はどんどん霞んでいきます。

 それに何より清潔感がないと感じる女性は多く、憧れのカフェも足元はたばこの吸い殻やゴミが散乱している場合も少なくありません。そして何より習慣も人間もそもそも違うために買い物にいって洋服を選ぼうと陳列している商品に触るだけで怒られたり、露骨な感情表現に傷つくことも日常となると、こんな国には住めないと思うようになるケースは少なくありません。

 「文化のダイバーシティ効果なんて冗談でしょ」「彼らとうまくやって成果を出すなど無理」という絶望感に襲われる場合もあります。無論、中には水を得た魚のように異文化が肌に合う人もいます。日本に帰国したくない人の中には会社を辞めて滞在を続ける人も稀にはいます。

 しかし、異文化は侮れないのは確かです。そこで少なくとも鬱に陥らないためのマインドセットが必要です。自分の常識や価値観を相手に当てはめない。日本で作られた相手の国への固定観念を排除する。さらには違うことを楽しみ、受け入れてしまう柔軟さも必要です。

 異文化の中で暮らすことで、新しい自分を発見し、自分を成長させるという目標を忘れずに、異文化耐性を身に着け、免疫力を高めることも重要です。特に相手への配慮や和を重んじるあまり、自分の考えや感情を押し殺すことが当たり前の日本人にとって、露骨な感情表現やダイレクトな物言いに慣れるのは大変です。

 だからといって、文化的、歴史的背景もないのに相手のマネをしてもいい結果は得られず、日本に帰国後に嫌われたりもします。結局、1度異文化の堺を越えた人間は、どこかで自分のアイデンティティを強化しなければ、異文化に染まっただけの煮ても焼いても食えない人間になってしまいます。

 コンテクスト(常識)が違うのは当然です。重要なことは相手を知るだけでなく、自分を相手に知ってもらう事です。それに訓練されれば相手によって対応を使い分けることができるようになるのも事実です。日本もコロナ明けのインバウンドで外国人旅行者が急増中ですが、異文化対応は必須です。

 最も危険なことはネガティブサイクルに入ることで、相手を愛せなくなり、拒否するようになり、物事が見えなくなることです。そのために違いに注目するより、共通なものに注目すべきでしょう。そもそも異文化は決定的な違いではなく相対的なだけです。

 異文化は面白い、異文化は楽しい、異文化によってこれまで解決できなかったことが解決できるようになるなど、そのメリットに注目すべきでしょう。