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 私が日頃会う右派、左派問わず、トランプ前米大統領にネガティブな見方をする人は多い。私の想像では、その聖俗の混在ぶり、つまり、信仰心があり、ホワイトハウス内の腐敗や欺瞞の一掃が期待された正義の聖者の側面と、イデオロギーや善悪から遠いビジネマンの損得優先の節操のなさと暴君ぶりが入り混じり、それは大国のトップにふさわしくないと思われたからだとも思われます。

 アメリカのみならず、西側諸国の保守派のトランプ批判の中身のランキングでは、トランプ氏が同盟国に厳しい姿勢をとったことにあるのは間違いありません。「America is first」といって、北大西洋条約機構(NATO)に対して、加盟国のさらなる負担を求め、アメリカを頼りとする世界のフレームワークの変更を迫った印象が悪影響を与えているのは確かでしょう。

 しかし、同時にトランプ氏はアメリカ大統領として、歴代唯一アメリカが大量の兵士を送り込む戦争を在任中行わなかった大統領として記録されています。トランプ氏の自慢は在任中に北朝鮮がミサイルをアメリカに向かった発射しなかったことも注目点です。

 型破りの外交の基本は「ディール」でした。テロ国家とは交渉しないというアメリカ外交の慣習を破り、金正恩総書記と直接会談を実行したのは画期的で、交渉の姿勢を見せたことで相手も従来の瀬戸際外交を一旦休止させました。

 一方、対中外交で貿易戦争に火をつけたのもトランプ氏でしたが、それはアメリカの国益を著しく損ねていたことが出発点にあり、高度の技術を盗み、経済力と軍事力を増強させ、世界制覇を狙う中国の脅威を見過ごせなかったことが根底にあり、バイデン現政権も受け継いでいます。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)に最近寄稿された米共和党のJ・D・バンス上院議員の主張は、「アメリカ国民を海外での戦闘に送り込まないトランプ氏を再び大統領に」というトランプ再選を主張する論文でした。アメリカ国民にとってはウクライナ戦争や中国の台湾軍事侵攻の危機にあって、トランプ氏の特殊能力への期待感があることも否定できません。

 政治に聖人は必要ないというロジックからいえば根強いトランプ支持者がアメリカに存在するのも頷けます。リベラル派は口で理想を唱えながらも、現実の問題への解決能力は高くはないという通説があります。理想主義者の弱点の一つは建前がはっきりしているだけに敵から読まれやすいことです。

 1年前、バイデン氏は「あなたはロシアがウクライナに軍事侵攻したら、アメリカ軍を現地に送るか」という問いに対して「ノー」と答えました。これがプーチン氏にとっては侵攻のゴーサインになった可能性も否定できません。

 バイデン氏の答えが「他国への軍事侵攻は絶対に許容できるものではない。あらゆる手段を講じて阻止するだろう」とだけ答えていたら、軍事オプションが残ると相手に思わせた可能性もあります。ところがウクライナはNATO同盟国ではないので守る義務はないとまでいえば、プーチン氏の軍事侵攻に保険を与えたも同然です。

 トランプ氏が大統領だったら、ウクライナ侵攻の可能性が浮上した段階でプーチン氏に緊急首脳会談を要請していた可能性があります。たとえクリミアの軍事力による国際法を犯した違法な併合で制裁を受けているロシアに対しても、金正恩同様、ディールしようとしたと考えられます。

 所詮、聖俗入り混じった世界では、問題解決は白黒で決着をつけることは不可能なので、相手の言い分も傾聴して、解決策を探る方が多くの犠牲者を出すことを避ける得策です。そもそもロシアは競合する権威主義国家、中国の台頭で完全に影になり、ウクライナ侵攻で世界に存在感を示したかったのも事実でしょう。

 それを深読みし、アメリカがロシアの存在感を高めるために、中国抑え込みに協力要請しようと動いたら、プーチンも間違った戦争に踏み込まなかったかもしれません。バイデンの原則外交では、相手をますます孤立させるだけだと思います。

 冷戦でソ連を追い込んで勝利した経験があるために、中国、ロシア、イラン、北朝鮮も同じやり方で勝利できると考えるのであれば、それは時代錯誤でしょう。それにソ連帝国の崩壊には70年の月日を要し、さらに冷戦終結後のロシア帝国の再建の野心に気づかなかったたことも忘れるべきではないでしょう。

 無論、トランプ氏が政府機密文書を自宅で保管したり、脱税の疑いがあるとすれば、糾弾されるべきでしょう。しかし、身綺麗だから優れたリーダーとは言い切れません。所詮は世俗社会のリーダーなので、その国や社会の矛盾を象徴する人物が選ばれるのは当然といえます。

 今年は1年続くウクライナ戦争をどう終わらせるかが最大の焦点です。アメリカやドイツのウクライナ支援額は大きく見えますが、実際、GDP比ではアメリカは0.2%、ドイツは0.1%で世界的には極めて低い数字です。大戦争に発展しないよう抑えているとの説明も極めて消極的姿勢にしか見えません。

 プーチンに読まれてしまう発言を西側諸国のリーダーが繰り替えてしている以上、解決の道は見えてこないように思います。