Munchener_Abkommen,_Staatschefs
      ミュンヘン会談 左からチェンバレン、ダラディエ(仏首相)、ヒトラー、ムッソリーニ

 ウクライナに軍事侵攻したプーチン露大統領によって、東西冷戦終結から30年後、世界の枠組みの大幅な変更に直面しています。中でもヨーロッパは国境続きで戦争の脅威と共に、プーチン氏が天然ガスや小麦などの農産物の供給を武器として使用しており、直撃を受けています。

 ウクライナ戦争の遠因の一つは、旧中・東欧およびロシアに隣接したドイツのリスクマネジメントの失敗です。最近、ドイツのランブレヒト国防相が、新年を祝う動画でロシアのウクライナ侵攻で、昨年は普通は会えない世界の要人に会えたエキサイティングな年だったと振り返り、国防相が戦争を軽んじるかのような発言をしたとして批判されました。

 同国防相は昨年、ウクライナに武器供与する段階になって、ドイツ国防軍の保有する兵器の老朽化が表面化した時、メディアからの強い懸念に対して「外国から武器を買えなばいいだけのこと」と国防相とは思えない不用意な発言をして批判された過去もあります。国防相の平和ボケに危機感が広がっています。

 そもそもドイツはナチスドイツの時代の悪の勢力として連合軍と戦った過去があり、敗戦後、ドイツは連合軍によって封じ込められ、国防もままならない状況の中、国は東西に分断され、西ドイツはひたすら経済復興に集中しました。

 西ドイツは一旦は東ドイツを含む東側諸国との関係を遮断していたのが1960年代後半、社会民主主義者のブラント氏が首相に就くことで、西ドイツは独自の東方外交を展開し、経済関係強化に乗り出しました。いわゆる東側に対する経済懐柔策で再び戦争が起きないための外交政策でもありました。

 無論、メインはソ連との経済関係の回復で、この方向転換にアメリカは強い懸念を抱いていました。昨年、メルケル前首相が退任し、本来なら16年の長期政権で様々な試練を乗り越えてきた女性宰相として偉大な政治指導者と称賛されるはずでした。しかし、継承してきた東方外交がプーチン氏のウクライナ侵攻で完全に否定されたことで、メルケル氏の評価は一気に厳しいものになっています。

 ブラントから続く東方外交の根幹は「経済と政治は別物」で経済依存度を高めれば深刻な対立は回避できるというものでした。日本の政治家も同じようなことを信じているため、中国には弱腰です。結果、ロシアも中国も第2次世界大戦の敗戦国の日本とドイツの経済接近で潤い、その資金が軍事力強化に使われています。

 経済と政治は別物というのは資本主義、民主主義の国だけに通用する考えで、社会主義の独裁国家は経済は政治の影響を100%受けています。一方、経済的に豊かになれば社会主義は崩壊するという西側が描いたシナリオも脆くも崩れており、権威主義国家の民主化運動への弾圧は強まるばかりです。

 そもそもドイツは自国がナチズムに覆われ、その後の冷戦時代も東側ドイツは共産主義体制に組み込まれました。そのため日本のようにアメリカ一辺倒の敗戦国とは事情が違っていました。このドイツの特殊な歴史は、フランスや英国が20世紀に学んだ重要な教訓を学ぶ機会を逸しました。

 たとえば、1938年9月29日、ドイツ住民が多く住むチェコスロバキアのズデーテン問題の解決のために開かれた英仏独伊の4か国代表が集まったミュンヘン会議で、英首相ネヴィル=チェンバレンの対独宥和政策によって枠組みが作られ、ヒトラーの要求通り、ズデーテン併合を認める一方で、それ以上の侵攻はしない協定で合意しました。フランス外相ダラディエもそれに追随しました。

 ところがヒトラーは、その後、協定を無視してチェコを軍事占領し、スロバキアも支配下に置きました。宥和策失敗の教訓として外交の歴史に刻まれていますが、ドイツは当時協定を破った側の当事国であり、権威主義の国に対しては宥和策が通じない教訓を学習しなかったといえるでしょう。

 中央ヨーロッパの盟主として君臨してきたドイツは、自らが権威主義国家だったために外交の在り方を学んでおらず、一旦は敗戦で東側に対して明確な線引きをしたものの、20年後にはロシア宥和策に振れていったわけです。それも近年はドイツ語もできるプ―チンとロシア語が堪能なメルケルの関係があったにも関わらず、宥和策の手段だった天然ガスはプーチンの兵器になってしまいました。

 フランスや英国から見れば、ドイツは今でも信用できない国で、今回のウクライナ紛争でさらに不信感が高まっています。平和ボケし経済太りしたドイツは、ヨーロッパ内で信頼を取り戻す必要がありますが、そもそもヨーロッパ内で超内向きのドイツは軍事面以外では孤立の道を選ぶ危険性もあります。

 フランスは欧州連合(EU)内で、一気に主導権を握ることに情熱を注いでいますが、仏独の一体化がなければEUは求心力を失うリスクを抱え、さらに戦争の危機に拍車が掛かると言えそうです。