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 フランスに移り住んだ30年前、日本とフランスの政治状況の違いに驚かされる毎日でした。特に当時は実力のある大物政治家が群雄割拠し、政党、政治家共にいつでも政権を担える準備ができている状況を羨ましくも感じました。誰かが失敗してもすぐに代わりが何人もいる状況でした。

 お隣の英国でも保守党と労働党が政権交代を繰り返し、野党から与党になった政党は即日、新たな政策を打ち出し、閣僚人事を含め、非常に迅速に政権交代する姿に感心しました。ところが今、そんな大物政治家も政党もヨーロッパで見当たらなくなりました。

 フランスでは近年の2回の大統領選で、当選したマクロン仏大統領は強力な支持層は少なく、極右といわれたルペン氏を大統領にするわけにはいかないという世論に押され、消去法で選ばれた大統領です。英国では、国民の負託を得る選挙なしにキャメロン氏から4人も首相が交代しました。

 ではなぜ、日本を含め、強力なリーダーシップをとれる人材が貧弱になってしまったのか気になるところです。私は個人的には雑誌の仕事で故安倍晋三元首相の父親で当時外務大臣だった安倍晋太郎に会ったこともあり、普通の人よりは永田町に出入りしていたと思いますが、30年前、引っ越したヨーロッパでも英仏独伊の政治界、財界人を取材していました。

 当時、ヨーロッパの変化で最も大きかったのは冷戦終結でした。政治家は口を揃えるように「われわれはイデオロギーに集中してきたが、これからは経済だ」といっていました。シラク氏は1996年、大統領就任翌年の恒例の新年のフランス大使を集めた演説で「これからあなた方はフランス製品を売るセールスマンにならなければならない」とげきを飛ばしました。

 冷戦終結後の1990年代、当時、保守系国会議員でドイツ鉄鋼連盟会長だったルプリヒト・フォンドラン氏にインタビューした際、「イデオロギー闘争から経済へのシフトは政治家にとって容易ではない」と語っていたのを思い出します。

 鉄のカーテンは取り払われ、2004年には旧ソ連邦に取り込まれていた中・東欧諸国がこぞって欧州連合(EU)に加盟し、シラク大統領は当時「「ようやくヨーロッパは東西分断の歴史を終わらせた」と勝ったことは印象的でした。

 しかし、今年2月のロシアのウクライナ侵攻で世界の流れは一変しました。信じたくなくても新たな冷戦の始まりです。ロシアの武器は軍事兵器だけでなく、化石燃料のエネルギー源で、天然ガスパイプラインのバルブを開け閉めして欧州を締め上げています。

 意思決定の迅速な権威主義の国であるロシア、中国、イラン、北朝鮮は強力なリーダーシップによって、民主主義国家に襲い掛かっています。彼らは根底に反欧米主義があり、溜まりに溜まった恨みが力の根源にになっています。

 帝国主義時代から横暴な植民地政策を展開した欧州諸国、戦後も世界のルールを仕切ってきた欧米大国に対する不満が鬱積しているのは確かです。イランは他の先進国が核武装しているのに、なぜ自国はそれを許されないのかと怒りを爆発させています。

 西側諸国に大物指導者がいなくなった背景の一つは、経済中心になったことが指摘されています。イデオロギー(共産主義には普遍性はなかったわけですが)は信念であり、人間の行動原理の中心に位置付けられるものですが、経済は相対的価値観で人間の欲望を行動原理の中心に置いており、決して人間をつき動かす崇高な価値観ではありません。

 アリストテレスは、貨幣について、いつか貨幣が人間を支配する時がきて後悔するだろうと予告しました。貨幣は手段であって目的ではないのに目的化してしまったのが現代であり、当然、人間の価値を押し上げるようなリーダーは生まれないということになります。

 イデオロギーの時代は少なくとも、経済よりも思想が上だという考えが主流でした。個人的には経済が主流になったことで欲望の全肯定する何でもありのリベラリズム、世俗主義が浸透し、結果的に旧約聖書の姓の乱れで滅んだソドム、ゴモラにしか見えません。

 そのため、より普遍性のある思想のリセットが必要で、腐敗にブレーキを掛けられるのは人々の信仰以外にはないでしょう。信教の自由を破壊する民主主義国家は魂を悪魔に売り渡すのと同じで、権威主義国家の餌食になるのは時間の問題でしょう。