Abe trump merkel

 ドイツはロシアのウクライナ侵攻以来、戦後最大の安全保障の危機に晒されている。独誌「シュピーゲル」に掲載されたメルケル前独首相へのインタビューで、彼女は「ウクライナ侵攻が起きたのは驚きではなかった」と述べたが、退任後の評価は非常に厳しいものだ。

 16年の在任中、米英仏を初め多くの民主主義国でポピュリズム政治家や腕力を誇示する人物が政権トップに就く中、安倍元首相と並びメルケル氏は「民主主義の守護神」と呼ばれ、数々の試練に耐え、危機の宰相として評価された。

 ところが今は、危機を招いた責任者と批判され、同インタビューで「私はロシアの暴挙の可能性を知っていた」と述べ、さらに評価を落としている。

 メルケル氏は、ヨーロッパの宰相の中で最もプーチン露大統領に近く、天然ガス依存ではノルドストリームの2本のパイプラインが象徴するように経済依存度もヨーロッパ1だった。それが仇となってドイツはエネルギー危機に陥り、ロシアはエネルギー供給を戦争の武器として100%利用している。

 さらに中国に対しては、小平の改革開放路線に真っ先に飛びつき、フォルクスワーゲンに始まり、ビジネス拠点の中国移転を進め、かつてシルクロードで味を占めた中国は、大連からハンブルクまでの鉄道輸送ルートを確立し、独中は切っても切れない経済依存を推進してきた。

 私は1990年代、ドイツの政治家や学者、財界人に取材してみて感じたのは、それでもドイツは日本よりはイデオロギーに敏感な国で、ロシアの正体に精通していることを感じた。取材した英仏伊の親日的な政財界人は当時、日本と欧州が協力してロシア復興に取り組むべきと口を揃えていっていたが、ドイツのロシアへの警戒心は強かった。

 ところがロシア語の喋れるメルケル氏は16年間の在任期間に何度もプーチン氏に会い、経済依存度を強化し、今はその依存ゆえにヨーロッパ全体が衰亡の危機に晒されている。今ではウクライナ危機最大の責任者はメルケル氏とする論調はドイツ国内外に広がっている。

 同じ敗戦国のドイツと日本は戦後封じ込められ、世界の安全保障への関わりが自発的にせよ、強制的にせよ、封じられた。誰もその封じ込めの終了を明確にしていない中、東西冷戦終結は戦後レジュームの終焉のシグナルになった。

 ただ、長い冷戦期に戦いの前線から遠ざかった日独の国民は平和ボケし、「政治と経済は別物」として権威主義の独裁国家に対する甘い考えが横行し、結果的に今、ウクライナ危機で首を絞める結果となっている。あれだけ防衛費増額に後ろ向きだった日独世論は今、前向きになっている。

 何年も怠ってきた防衛力強化のつけは大きく、増強するにも何年もかかる状況だ。ドイツのランブレヒト国防相は、防衛能力向上に長い歳月が必要なことを懸念する世論に対して「外国から買えばいい」と軽率な発言をして批判を浴びた。日本も同様な課題を抱えている。

 最近、駐日米国大使のエマニュエル氏が米ウォールストリートジャーナル(WSJ)に寄稿し、日本は欧州のエネルギー政策の失敗を教訓とすべきと書いた。彼はエネルギーといった安全保障に直接関わることでは、友好国との関係を深めるべきと強調した。

 無論、大使という立場上、アメリカとの経済依存度を高めるべきという主張は、言い換えればアメリカのイノベーション力、効率性、原子力、天然ガスの売り込みと繋がる内容だが、だからといって日本はウクライナ危機で露呈したロシア依存の弊害を否定することはできない。

 そこで脳裏を走るのが、第1期安倍政権が掲げた戦後レジュームからの脱却、積極的平和主義だ。戦後、自虐的懺悔外交を展開した日本は東西冷戦終了後、外交で主体性を取り戻し、自国の掲げる価値観を明確にし、第2期安倍政権では自由と民主主義、法治国家を掲げる国々との連携強化を推進した。

 ウクライナ危機発生後、その方向性はまったく間違っていなかったことが明確になり、アジア太平洋地域の安全保障で日本が主導的役割を果たしたことは先見の明のある外交戦略だった。同時にそれは平和ボケした日本が目を覚ますことに繋がった。

 ところが今、日本を貫く保守戦略は風前の灯状態に陥っているように見える。日本人の弱点でもある全ての人と仲良くすることが優先され、自分の立場を明確にすることなしに中国やロシアにおもね続けている。冷戦時代の悪い癖で商人根性丸出し状態に戻りつつある。

 むしろ、リベラル派、特に中国共産党とも繋がる左翼弁護士や人道活動家が自分たちの正体を隠しながら、反共勢力潰しで一貫性を見せていることに危機感を感じる。それに比べれば、ドイツは緑の党でさえ、軍事力強化、対ロシア強硬路線を支持している。価値観を先立てる国とそうでない国の違いが明確になりつつある。

 いずれにせよ、八方美人的商人根性は卑しいだけで褒められたものではない。冷戦時代に身についた対立する大きな勢力の間で漁夫の利を得るような態度は、結果として誰からも信用されなくなる可能性の方が高い。ドイツ同様、日本も金で平和は買えないことを再確認して欲しいものだ。