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 フランスのマクロン大統領は今月9日、南仏トゥーロンの海軍基地で演説し、フランスの核兵器保有は「ヨーロッパの安全保障に貢献している」と述べ、ロシアの核の脅威の前に機能していることを強調しました。この発言が注目されたのは10月に別のニュアンスの発言をしていたからです。

 マクロン氏は10月12日に出演した仏公共TVフランス2のインタビューで、ウクライナ地域にロシアの核攻撃があった場合、フランスの「基本的利益」に該当しないと発言し、即座に対抗措置を取ることはないと発言しました。

 この発言に北大西洋条約機構(NATO)とアメリカの核の傘を重視するバルカン半島諸国やポーランド、チェコなど旧中東欧諸国が強い不快感を示していました。マクロン氏は今回、発言の意図が脚色されたとして、フランスの核保有はヨーロッパや世界の安定に貢献していると強調しました。

 フランスはNATOの一員であり、ヨーロッパで英国と並び核兵器を保有する国なので核抑止という観点からして、極めて重要な意味を持つはずです。核の傘といった場合、それはヨーロッパ諸国にとっては、アメリカの核だけを指すのではなく、英国とフランスの核の傘も意味しているはずです。

 にもかかわらず、マクロン氏は約1か月前、「わが国の基本認識は、国家の基本的利益と呼ばれるものに基づいており、それらは非常に明確に定義されている。それは、ウクライナまたはその地域で核弾道攻撃があった場合に問題になることはまったくない」と断言したのはヨーロッパでは違和感を持って受け止められました。

 フランス的には、個人(自国)の認識を表明するのは極めて普通なので、ロシアが核攻撃した場合、フランスとしてどう対処するかという問いに対して、国家の基本認識を語るのは当然です。NATOの一員といっても、常に距離を置いてきた立場からすれば、NATO軍としてどう行動するかは一義的とはいえないのがフランスの立場でしょう。

 この発言で思い出すのは、バイデン米大統領がロシアによるウクライナ侵攻前に「ウクライナはNATO加盟国でないのでアメリカとして軍を送り込むことはない」と発言したことです。これは実質、プーチン露大統領の侵攻にゴーサインを出したも同然の結果をもたらしました。

 国家指導者の発するメッセージは、確実に大きな影響を与えます。マクロン氏の10月の発言をプーチン氏がどう受け止めたか確認する手段はありませんが、フランスが「国家の基本利益」を強調したことは大きな意味があったというしかありません。

 つまり、フランスは自国の基本利益を侵されない限り、何もアクションは起こさないというシグナルをプーチン氏に与えたことになります。無論、軸足が自国にあることは悪いことでもないし、国民の理解なしに核兵器保有は不可能です。フランス人は自主防衛精神が非常に高いのも事実です。

 さらにプーチン氏が核攻撃に踏み切った場合、フランスが率先して核報復し核戦争を助長させることへの国民の懸念を払しょくする狙いもあったかもしれません。しかし、安全保障上の抑止は何も核兵器や軍事力だけにあるのではなく、それらを背景にしながらも、どんなメッセージを発するかも抑止の1部のはずです。

 バイデン氏もマクロン氏も原則論を前面に出しているのは、相手にも見えやすい反面、相手の判断を容易にするリスクもあります。何事も外交はディールというトランプ前米大統領とは大きな違いです。ディールの基本は相手と自分のディール目標を明確にすることと、問題解決に柔軟に取り組むことです。

 現実感のない理想主義者は、右にも左にもいますが、特に左派は原則論にこだわる傾向があります。対露、対中関係が冷え込んだのはオバマ政権時にもありました。左派の人権外交はそれを尊重しない国に極端に冷淡になる傾向があり、バイデン大統領も同じパターンに見えます。

 いずれにせよ、日本の言論界ではあまり見かけませんが、ヨーロッパに長く住み、世界中を取材した私にしてみれば、アメリカもヨーロッパ先進国も衰亡の流れにあることをはっきり感じます。それは若者を見ていれば容易に感じることです。

 誰もが驚く、地球上の課題の根本的解決に結びつくアイディアは見当たらず、第4次産業革命も目を見張るほどのことはありません。ほとんどの若者の関心はお金にあり、心が伴っていません。だからといって、新興国や途上国もその政治的不安定さから建設的なチャンスが与えられていません。

 マクロン氏やバイデン氏のリスクマネジメント意識の低い不用意な発言は、自由や民主主義、法治国家は戦って勝ち取り、それを進化させるのも大変な努力が必要という点が見過ごされているように見えます。中国やロシアの脅威を恐喝と非難する西側先進国は、何を持って彼らと戦うというのでしょうか。