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 英国に初のインド系首相が誕生する見通しとなった。元財相のスナク氏は先月の与党・保守党党首選で敗れたばかりだが、勝ったトラス氏も辞任に追い込まれ、想定外の速さでチャンスが巡ってきた。そこで英国のかつて植民地だったインドの血筋を引く首相が誕生した背景を探っておきたいところだ。

 実は昨年、米国際平和カーネギー基金(CEIP)が、同件について詳しい調査結果を公表したので、その1部を紹介する。その報告書から見れば、英国最大の移民社会を形成するに至ったインド系移民、さらに彼らは頭脳明晰で向上心があり働き者という点、優秀で国を任せてもいいという図式が浮かび上がってくる。

 英領インド帝国は約 75 年前に英国から独立し、故エリザベス2世女王が戴冠式を行ったのはそれから5年後だった。つまり、英国は最大の植民地インドを失い大英帝国の衰退期の70年間、女王は君主だったわけだ。その間、他の植民地を解放した欧州の宗主国同様、旧植民地インドと英国の人的交流は続いた。

 75年間でインド系移民社会は英国で国内最大規模となったのは、他の欧州諸国に比べ、短期間だったといえる。特徴はフランスで急速に成長した北アフリカのアラブ系移民と異なり、教育熱心で比較的教育水準が高く、 国内で最も収入の多い民族グループの 1 つなことだ。

 当然ながら、今や総人口の3%弱を占めるインド系移民は今も数は増え続け、コミュニティの政治的地位も高まっている。ジョンソン政権で4 つの最も重要閣僚の地位のうち 2 つは、インド出身者で、その一人がスナク氏だった。

 歴史的に、インド系英国人コミュニティは他のマイノリティ同様、中道左派の労働党を強く支持してきたが、今は衰退し、スナク氏のような中道右派・保守党員も増えていることがCEIPの調査で明らかになった。これは未だ階級制の強い英国社会でインド系が上流層に食い込み始めていることを意味している。保守党としては頼もしい助っ人だ。

 ただ、彼らは日頃は政治的発言は控えており、選挙の時だけ発言が目立つようになったという。さらに宗教面ではイスラム教やシーク教徒は圧倒的に労働党を支持しているが、ヒンズー教徒とキリスト教徒の多くは労働党から離れ、保守党に移動しているという。ただ、彼らもジョンソン元政権に対しては厳しい見方が少なくなかった。

 さらにインド系英国人の間では、インドとの外交関係強化に対して、それほどの関心は寄せていないという調査結果も出てきた。インドのモディ現首相に対して二極化した見解を持っており、それが国内の党派的分裂に影響を与える可能性は否定できないという。

 同調査で明らかになったことは、インド系英国人の市民意識は高くなく、政治的関与のレベルも比較的低いことだ。たとえば、市民集会やボランティア活動の実施など、彼らは働くことに忙しく、関与のレベルが低いことが報告されている。

 実は筆者は約20年前、家族で英国に引っ越すことを模索し、ロンドン郊外で家を探していたことがある。その時、不動産に紹介されたのがロンドン北西部の住宅地で、新しく広い戸建て住宅が立ち並ぶエリアだった。成功したインド系英国人が多く住んでいると説明された。

 彼らは教育熱心で勤勉なのが特徴で、白人英国人からの信頼度は移民の中では最も高いことを肌で感じた。調査ではインド系英国人の約 10 人に 4 人は労働党に共感し、10 人に 3 人は保守党を支持し、約 10 人に 1 人は小規模政党を支持している。つまり、労働党支持者は明らかに低下し、今や劣勢に回る与党・保守党にとってインド系は貴重な存在だ。

 インド系英国人の関心事は経済と医療サービスで、これは一般の英国人有権者と変わらない。さらに唯一の差し迫った問題としては環境・気候変動問題がある。辞任するトラス氏の失敗は財政政策にあったわけだが、実はインド系英国人及びインド人富裕層には英国への不動産投資家が非常に多い。彼らにとってはトラス氏の打ち出す政策で不動産価格が下落するのは由々しき事態だった。

 イングランドとウェールズの 2011 年の国勢調査では、英国に居住するインド系の人々は 140 万人で、総人口の 2.5% を占めている。60 年前、インド系移民は英国以外で生まれた人々の出生国として 3 番目に多かった。2011年までに、それはトップとなり、さらに増え続けている。

 移民の場合は総人口に占める割合だけでは社会的影響は図れない。たとえば米国内のユダヤ系住民の総人口に占める割合は1.7%だが、政治、経済に対する影響力は計り知れない。今はインド系住民の英国社会に与える影響は増大する一方だ。

 2019 年の英国の下院選挙では、2 人の重要閣僚を含む 15 人のインド出身の下院議員 (MP) が生まれた。さらに英国のトップ 100 の起業家のうち 9 人、英国の最も裕福な居住者 20 人のうち 3 人がインド人、多くのインドの実業家も英国に第2の拠点を所有し、子供は英国の高等教育を受けている。

 これらは調査報告書の内容は、ほんの1部でしかないが、これだけでも保守党内でスナク氏を推す議員が多数派を占める理由が見てとれる。ただ、無論、懸念がないわけではない。スナク氏は自分を重用したジョンソン氏を裏切り、閣僚を辞任したことがジョンソン氏辞任の引き金になった。

 トラス氏も重要な閣僚の内相に起用したインド・パキスタン系のブラヴァマン氏が、トラス氏を批判し、内相を辞任したことが、首相辞任の決定打となった。つまり、インド系英国人に対しては恩義の感覚がないという見方もある。

 閣僚や官僚ならともかく、首相として国を率いるには、英国の価値観や伝統への理解も必要だ。その辺はオックスフォードで優秀な成績を収めたくらいでは人物を図り知ることは難しい。それより、深刻なのは白人英国人の急速な衰退だろう。

 白人たちは「優秀なら移民でも国を任せていいじゃないか。駄目なら辞めさせればいい」というかもしれないが、自分たちの無力化には気づいていないようだ。とっくの昔に製造業で英国企業を外資に売却した英国は、今度は首相の地位を移民に売却したとの厳しい意見もある。