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 英国で最も長い在位70年を今年迎えたエリザベス女王が96歳で他界した。1952年に25歳で女王に即位し、世界56の英連邦の君主でもあった。「君臨すれども統治せず」の立場ながら、議会制民主体制の上に立つ君主として存在感を最後まで維持した想像を絶する彼女の精神力は歴史に刻まれることだろう。

 残念なことは、彼女があとにする世界は暗闇に襲われ、疫病と戦争、物価高騰で弱い者から窮地に追い込まれる事態にあったことだ。最後の仕事は英国3人目の女性首相トラス氏を数日前に任命したことだった。その英国もインフレ、エネルギー価格高騰などで国民生活は不安に満ちている。

 メーガンによる人種のダイバーシティの嵐が吹き荒れ、王室は試練を受けている。次に即位するチャールズ皇太子が国民の尊敬を得られる保証はない。さらに言えば、権力はないにせよ、立憲君主制を維持してきた英国の繁栄は、エリザベス女王抜きに語ることはできない。

 「あなたは生きていさえすれば、それでありがたい」という英国民は多かった。世界に暗闇が訪れた時期に他界したと書いたが、実は彼女にとっては、暗闇はいつもあったのかもしれない。キリスト教の価値観を明確に持つ彼女にとって、国家に奉仕するのは当然の務めであるだけでなく、いつも世界に心を痛めながら生きてきたのも事実だろう。

 エリザベス女王は英国と英連邦の君主というだけでなく、ヨーロッパに存在する王室の中で最大、最強の存在であり、世界の君主を支える存在だった。権威主義がはびこり、力を誇示し、世界に脅威を与える時代にあって、君主制への風当たりも強い。

 語りつくせない足跡と実績を残した女王の死去は、欧米がけん引した一つの時代の終焉なのかもしれない。大英帝国の横暴に苦しんだアジアやアフリカ、南半球の人々は喜ぶかもしれないが、果たして世界はどこに向かうのだろうか。ウクライナ危機で国連がまったく機能しない中、世界は精神的支柱の1つを失ったともいえる。

 70年間、自分に与えられた責務を果たし続けた人物は歴史上にいない。国王を死刑にしたフランスから見れば、人が国の中心的存在を愛し、敬意を示すことをやめた国と英国の違いは極めて大きい。個人的には正直、英王室の腐敗を見て君主制には大いに疑問もあるが、エリザベス女王のように国家に仕え、最後まで義務を果たした人物なら納得もいく。

 しかし、彼女は稀有な存在であって、血統さえ受け継いでいれば、誰でもいいという話にはならない。範を示せず、中身のない保身に走る君主は形骸化した権威主義を招き、多くの国を脅威に晒す現実をわれわれは目の前で見ている。

 英国国教会も率いるチャールズ次期国王が母親の打ち立てた国に使える伝統を引き継ぐことを祈るばかりだ。未だ英国の存在はけっして小さいとはいえないからだ。