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 近年、デジタル化・IT化の急速な進行で、世界のIT業界の市場は拡大の一途を辿っています。自動車業界でさえ、ITとの協業なしに未来がない状態です。クラウドやIoT、ビッグデータ、5Gはビジネスの日常業務の1部となり、まだまだ、IT業界は伸びしろがあるといわれています。

 無論、いいことばかりではなく、日本のITビジネスの急先鋒のソフトバンクの孫正義氏は、ソフトバンクが新たに立ち上げた「ビジョンファンド2」から180社余りに対して380億ドル(約5兆0500億円)を投じていますが、ハイテク株への容赦のない売りを受けて、損失が膨らんでいます。

 多分、ギャンブル投資も辞さない大胆さと粘り強さが強みの孫氏は、巨額損失も想定内というかもしれませんが、IT業界の浮き沈みも激しいものがあります。とりわけ、コロナ禍やウクライナ危機、エネルギー供給の再編、インフレなど次々に世界を襲う不確定要素は先を読めなくしています。

 小学校の頃の記録で、社会か理科の教科書で「人間は道具を使うことによって原始人から文明人になった」という話を今でも覚えています。なんとなく説得力のある話でしたが、とても日本的理解と最近思えるようになりました。

 というのもデジタルを使いこなせない高齢者は増える一方で、彼らが非文明人とは思えないし、人間の幸福と関係ないと思うからです。

 たとえば男性中心社会では、男性はあまり料理をしないので調理用具は使えません。日常生活では女性の方が調理用具だけでなく、洗濯機、掃除機など道具を使っています。今では女性が車を運転するのも当たり前、女性も社会進出しているのでビジネスに必要なPCなども使いこなしています。

 最近ではDIYも女性が関心を持ち、その道具への関心が高まり、工具を使いこなせる女性も増えています。大型トラックやバスの運転手もいます。つまり、道具を使いこなせるのが文明人というのなら、女性の方が文明人といえるかもしれません。

 男は機械好きといわれますが、そうもいえない時代が到来しているともいえます。

 欧米諸国で巨大リゾート開発に関わった経験から、人間と自然が横並びで共存すると考える東洋思想に対して、自然は神が人間に与えたと考えるキリスト教的発想から山を削り、谷を埋め、海岸線まで変更して楽しい空間を作ろうとする西洋的アプローチは日本人にはないものなと思いました。

 無論、別の理由で経済効率や利便性から埋め立てなどが平気で行われる日本では、美しい瀬戸内海の自然を切り崩し、石油コンビナートや製鉄所が建設され、歴史的に重要な東京の日本橋の上に高速道路を敷設するのに反対する人は少ないようですが、どこか心の貧しさを感じます。

 巨大IT系企業の創業者の多くは、そもそも技術系で自分がテクノロジーオタクといわれています。マイクロソフトのビル・ゲイツもアップルのスティーブ・ジョブズもPC大好き人間でテクノロジーが人間の生活様式を根底から変えることを信じ、ビジネスでも成功した人たちです。

 結果的にコミュニケーションのあり方が大きく変わり、今のウクライナ戦争では高度なIT技術が駆使され、第2次世界大戦や冷戦期に使われた武器と並んでハイテク機器が使用され、戦争形態も変わっています。

 ウクライナ側は強烈な愛国心はある一方、武器が足らないことを世界にアピールし、ロシア側は武器はあっても兵士の士気が上がらないことが問題視されています。兵器という道具を使いこなすのは人間なので、どんなハイテク兵器でも人間のエンゲージメントは不可欠です。

 ミレニアム世代とかZ世代といわれる世代が将来を担う今後の世界で、心配なのは道具は進歩してもその道具を使いこなせる人間が成長していないとリスクは高まることです。特に日本人は便利=幸福という思考が強く、ともすれば道具に使われてしまう傾向があるよう見えるのは私の偏見でしょうか。

 道具はどこまでいっても道具で人間ほどの価値はないはずが、AIやビッグデータの登場する昨今、人間が道具に使われる状況も多々あります。ここで重要なのは使われるのか、使いこなすのかということで、基本的に人間の側にビジョンや目的がなければ道具に使われるのは時間の問題でしょう。

 私個人は新たな価値を付与するクリエイティブな行為が唯一人間に残された価値あるものと考えているので、その意識さえあれば、道具に使われることはないと思います。道具に使われ文明人としての価値を失うことは避けたいものです。

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