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  葛飾北斎 富嶽三十六景 神奈川沖浪裏 The Metropolitan Museum of Art, H. O. Havemeyer Collection, Bequest of Mrs. H. O. Havemeyer, 1929

 日本では「芸術の秋」というのが一般的ですが、実はフランスでは夏の長期ヴァカンス中に芸術を楽しむ習慣があります。理由は最低3週間程度滞在するヴァカンス先で日光浴とともに楽しむのがスポーツと芸術だからです。

 有名なアヴィニョンの演劇祭、ローマ遺跡を舞台にしたオペラ公演、アート・フェスティバルなどが各リゾート地で開催されています。ジャズからクラシックまでのコンサート、さまざまなイベント目当てでヴァカンスの予定を組むのも一般的です。

 それに合わせ、仏公共TVフランス2が先週、「芸術の夏特集」の1回目に選んだのが、なんと世界的にも知られる葛飾北斎の大波に漂う船と富士山を描いた浮世絵「神奈川沖浪裏」。

 番組では船に襲いかかる大波の形状の与えるインパクトが、陰と陽の東洋の宇宙観、自然観に裏打ちされており、現代の米スポーツ用品メーカーのロゴにも繋がっていると解説しています。強烈な印象を与える北斎のこの浮世絵は世界中の人々にデジャブ(既視感)として定着したと指摘しています。

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  陰陽の自然観がエコール・ド・パリの画家たちに伝わった

 それと、この浮世絵の何よりの驚きのテーマは、画面の大半を占める大波でも必死で波間を進む船や漕ぎ手の人間たちでもなく、何と画面の奥深くに見える雪を被った富士山ということ。1931年に版行された富嶽36景の1つの絵で「日本人なら誰もが精神のよりどころにしている富士山」がテーマということに番組は注目しています。

 さらに、北斎の浮世絵の構図に影響を受けたゴッホを紹介し、空で渦巻く「星月夜」のゴッホの風景画作品に北斎の影響は明らかだったと紹介。19世紀末にフランスに集まった画家たちが、巨匠になる過程でいかに浮世絵にインスピレーションを得たかも紹介しています。

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  ゴッホ 星月夜(糸杉と村)1889  Museum of Modern Art

 この夏、ピレネー山脈の麓、スペインと国境を接するリゾート地で知られるセレの近代美術館では「エコール・ド・パリ(1900−1939)シャガール、モディリアーニ、スーティーンたち」展(11月13日まで)が開催されていることは、このブログで紹介しました。
20世紀の巨匠らに霊感与えたセレ エコール・ド・パリの巨匠たちが愛したセレ

 彼らがパリで浮世絵などの日本美術に接したことで、どれだけ多くのインスピレーションを得たかが理解できます。

 パリが世界中から観光客や芸術家を集めたように、フランスのリゾート地も世界中から避暑客を集めています。そのため各地で開催される芸術フェスティバルもフランス人だけでなくヨーロッパ全土やアメリカ大陸からやってくるリゾート客も念頭に魅力あふれる企画が用意されています。

 北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」は、パリではギメ美術館に所蔵されていますが、モネの済んだジヴェルニの家の中も浮世絵で埋まっています。

 北斎の功績は東洋の自然観を作品を通して紹介し、それが今ではすっかりデジャブとして世界に定着しているということでしょう。

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