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 安倍元首相の奈良市での悲劇的襲撃事件は今、政府の発表では警護ミスが明らかにあったという認識で、再発防止に向け、事件の詳細の分析に入ったことを伝えています。個人的にはこの発表に違和感を持ちました。なぜならクライシス回避分析では警護の不備は1部でしかなく全容解明が急がれると思うからです。

 警護がしっかりしていれば悲劇は回避できたのは事実です。しかし、そもそも安倍氏殺害を思い立った山上達也容疑者が犯行を決意しなければ、あるいは襲撃の準備を始めた時点で、当局が何らかの動きを察知できていたら、安倍氏暗殺は起きなかったはずです。

 単なる暴力行為から殺人、内戦や他国への戦争と深刻度は様々ですが、中でもテロリズムの定義は「政治目的」「反権力」とされ、その目標を達成するための暴力行為、殺人、拉致監禁、破壊行為などを指します。

 近年、フランスで多発したイスラム過激派によるテロはイスラム教を蔑視するメディアを襲撃したり、差別する側の宗教施設(シナゴーグなど)を襲撃し、警備の警察官を殺害しようとしたテロ、権力の象徴である警察官を直接襲撃する個人や組織が実行する攻撃行為はテロです。

 今回の安倍氏襲撃殺人事件は、テロとは認定していないようですが、欧米であれば政治と宗教が関係しているという意味で、テロと認定される可能性は高いでしょう。たとえばオウム真理教によるサリン事件は世界で初めて起きた生物化学テロでした。ところが日本でテロとして認識されたかどうかは曖昧です。

 せいぜい、海外の要人が来日した際、暗殺テロを警戒するくらいで、日本では破防法一つ定めるのも大変で、対テロ対策の法整備も体制づくりも十分にできていません。公安調査庁の監視対象になることを嫌う政党があることも原因の一つになっています。

 日本ではテロ対策といえば、1960年代から始まった左翼運動で過激な武装闘争を辞さない集団の監視が一般的ですが、1990年代に入ってからはオウム真理教が社会を恐怖に陥れ、取り締まり対象になりました。しかし、今回の事件は個人的怨念が1国の首相殺害に繋がったということでテロ認定していません。

 テロの性質の一つは、社会的アピールです。安倍元首相を殺害することによって起きる社会的衝撃は絶大な注目度を浴びたという意味で、テロの性質の重要な部分を満たしています。動機に宗教団体への恨みがあり、その団体の違法行為を白日の下に晒す効果は、容疑者にあったかどうか不明でも、結果的にはかなりのインパクトがあったことは事実です。

 そうなると、個人的恨みの原因は、そもそもその宗教団体を放置し、違法な献金行為を黙認してきた政府に怒りが向けられても不思議ではありません。フランスでもユダヤ教関連施設やユダヤ系有力者を襲撃するイスラム過激派が引き起こす事件はテロです。

 宗教対立や政治がらみとなるとテロというわけですが、個人的恨みで容疑者の背後の組織が存在しないとテロとはいわないというのは古い考えです。今はホームグロウンのローンウルフ型(単独犯)テロが一般化しています。なぜなら、ネットの発達によって情報は溢れているからです。

 彼らは差別的環境に育ち、人生がうまくいかないことでフランス社会を呪い、そこにネット上からイスラム聖戦主義が吹き込まれ、1人や数人でテロを準備して実行するパターンが多く指摘されています。個人的恨みは社会性を帯び、過激な暴力に当事者を駆り立てるパターンは近年一般的です。

 時代がそのように変化する中、山上容疑者がネット上で何を見ていたのかは重要です。恨みを持つ宗教団体の国からの排除を効果的にするため、元首相暗殺を考えたとすれば、それは動機が飛躍し過ぎているとはいえないのが今の時代の新たなコンテクストとして注意を払うべきだと私は考えています。

 そのため、従来の見方では犯行動機が飛躍しているように見えても、そうではない同様な事件が再発する恐れは十分ありうると思います。フランスではスマホなどの通信ツールの監視、ネット検索を提供するグーグルなどと協力し、テロや犯罪に繋がるサイトの即時削除などを行っています。

 今回の事件は個人的恨みが要人暗殺に繋がった新たなテロの時代と見るべきでしょう。となれば警護の問題は抑止の1部にしかすぎず、むしろ、事件の全容を詳細に解明することで、テロ回避のためのもっと本質的で多方面の対策を取る必要があるのではないでしょうか。

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