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 日頃、米国の保守の言論を代表している米ウォールストリートジャーナル(WSJ)が、暗殺された安倍晋三元首相をどう評するか関心がありました。アベノミクスや日米同盟強化で貢献した安倍氏を評価する一方、アメリカの保守らしく戦勝国側を代表する立場から、アジア近隣諸国に緊張を与えたことには否定的言及もあありました。

 まず、「安倍氏は日本の政治家や有権者に対し、世界における日本の立場に関する困難な問題を直視するよう迫っていた」「地域的な脅威を抑止するため、日本は米国と核を共有すべきかどうかを巡る議論に火をつけようとしたのだ」ことをWSJは指摘しました。

 同時に「安倍氏は必ずしも、こうした政策の提唱者として、現実にはそれほど効果的なわけではなかった。特に、戦時中のひどい歴史の一部に関する同氏の国家主義的な口調は、アジアの近隣諸国と無用な緊張を招いた」と書きました。

 「戦時中のひどい歴史」「国家主義的口調」とは、自国に戦争を仕掛けられた多くのアメリカ人が持つステレオタイプの見方です。アメリカのメディアは日本で使われる「ナショナリズム」という言葉を昔から「民族主義」に置き換える傾向があります。

 安倍氏にもその同じ匂いを感じていたのかもしれません。しかし、アメリカが分かっていないのは、ドイツ同様、日本も戦後、戦勝国側による封じ込め政策で戦争させない憲法や平和思想を強要され、主権国家の基本である意思決定の独立性、自主防衛能力の保持を許さない状況を半世紀以上続けた意味です。

 結果として、日本人はアイデンティティ・クライシスに陥ったことは欧米諸国にも理解されていません。ドイツでポピュリズム政党といわれる「ドイツのための選択肢」党が台頭したのは、日本同様、長年、自国のことを自分たちで決められないために失ったアイデンティティ・クライシスからきたものでした。

 国民国家のアイデンティティは長い歴史に育まれたもので、誰もそこから自由になることはできません。無論、そこにはいい物も悪いものも入っており、日本もドイツも改善すべき点は多々あります。特に村社会の内向き志向は改めるべきでしょう。

 しかし、日本が明治維新後に近代化に成功し、戦後、長期に渡り経済発展を遂げ、自由と民主主義を定着させたのは、日本の歴史の中に非常に多くの優れたものがあったからに他なりません。失われた30年などといいますが、今ほど日本が世界的に高く評価され、なおかつカオス化する世界の問題解決への貢献を期待されている時代は過去にはありません。

 それに気づいた安倍氏の世界情勢と日本の立場を踏まえた戦略外交姿勢は間違っていたとは思えません。それは筆者が30年に渡り世界を見てきた経験からしても極めて常識的で正当な考えです。強いて言えばその優等生ぶりが、時として周辺国の嫉妬を生んでいることに気づかなかったことでしょう。

 グローバル化の挫折は、各国に存在する長い歴史と文化を簡単に超えられるという誤算があったことだと思います。歴史のない人工的に作られたアメリカが主導したことで、その野蛮ともいえる腕力による普遍的価値観の強要は歴史の長い中国やロシアに不快感を与えたのも事実です。

 札束と軍事力で相手の頬をはたくような態度は、間違ってもすべきではないでしょう。自国内が弱肉強食の1番をめざす競争社会だからといって、それを世界に拡大するのは問題です。

 アジアで唯一、長年、先進7か国(G7)のメンバーで、欧米のロジックだけでは解決できない問題に対して日本のリーダーシップは重要さを増すばかりです。なのにITにかまけた若者からは国家という意識が消え、極めて個人的で身勝手なアイデンティティしかない状況が蔓延しています。

 それもこれも本来主権国家であるべきなのが、その基本となる意思決定で常にアメリカに忖度し、国連でアメリカに次ぐ分担金を課せられながら安保理常任理国から排除され、敵国条項も削除されていない現実は、何一つ世界にいい効果を生んでいません。

 自国の文化歴史を大切にしながら改善をくり返すことは右翼でもなければ民族主義でもなく、極めて健全なことのはずです。安倍氏はそれが当たり前に議論される国づくりをめざしたわけで、改憲も当然の流れです。

 近隣諸国に緊張を生んだというのは中国と韓国だけの問題で、彼らは日本を悪の国として利用し、踏み台にして発展してきた流れから、日本の発展、アジアと世界へのプレゼンスを増すことが都合が悪いからに他なりません。そんな状況を生んだのもアメリカが日本を戦後、一方的に封じ込めたからです。

 過信は良くないにしても、日本は自信を持ち、その規範の高さを保つための精神文化を大切にすべきでしょう。今後、他国の意思決定を委ねるような態度は徹底して排除すべきでしょう。

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