Abe trump merkel

 安倍晋三元首相の暗殺のニュースは、現役首相でないにも関わらず、世界を駆け巡りました。理由は国際政治で卓越したリーダーシップを発揮し、G7の常連で現役の国の首脳に与えた影響が非常に大きかったからです。

 事件翌日の時点では分かっていないことも多いのですが、正直いって日本人の治安意識の低さに驚いています。

 30年に渡り、南ヨーロッパおよび北アフリカ・マグレブ諸国の治安分析を職業としてきた筆者にとって、リスクマネジメントのABCも分かっていない印象です。

 今回の襲撃事件はテロであり、再発防止のためにも正確な分析と反省、リスク回避のための具体的な対策強化を検討する必要があります。その時に手心が加えられたり、責任の所在を曖昧にしたり、隠ぺいが起きることは最大限避けたいところです。

 流されている映像を見る限り、警備のヒューマンエラーであることは明白です。要人警護に留まらず、警備は何も起きないこと以外に合格点は与えられないのが原則です。「警備も猛暑の中、一生懸命やっていたのだから」などの見方は、国家のみならず世界の財産といわれた人物が射殺された今、いいわけなどできようはずもありません。

 テロは阻止が最優先です。テロが頻発するフランスで、事前に阻止されたテロは年間数十件といわれています。監視の必要なリスクの高い人物のリストアップで、フランスには1万人以上がリストアップされ、常に更新されています。彼ら全ての監視は不可能ですが、電話やメールなどの通信傍受と分析、行動監視などが常に行われています。

 仏国籍者のテロリストのデータは欧米で共有されており、欧州域内外の出入りも監視されています。それでもホームグロウンのローンウルフ型の単独テロが急増し、監視にも限界が生じているのが現状です。そのため治安対策強化法は毎年のように更新されています。

 1例として2015年にフランスでは2つの大規模なテロが発生しました。筆者はその半年前にテロを予測しました。1つは1月に風刺週刊紙シャルリー・エブド編集部が襲撃された事件で、警備員を含む編集部主要メンバー12人が殺害されました。同年11月にはパリのバタクラン劇場などで同時多発テロが起き、計130人が死亡し、史上最悪のテロになりました。

 いずれもイスラム過激派によるテロでしたが、バタクランのテロの実行犯で唯一生き残ったサラ・アブデスラム被告の裁判が最近結審し、仮釈放なしの終身刑が言い渡されたばかりです。無論、テロ計画を未然に察知できなかったことが最大のミスですが、取り締まりの甘いベルギーが拠点だったことも1因でした。

 さらに死者が130人に上った原因は、警察当局の初動の遅れと現場での統率が取れていなかったことでした。テロ対策にあたる組織は複数あり、複雑だったことで情報共有や縄張り争いで混乱しました。組織の縦割りの反省から、その後、組織は再編され、意思決定プロセスや命令系統をシンプルにし、今に至っています。

 海外が長い人間から見た今回の日本の警備への違和感は、1、不審な動きをする男を現場から排除できなかったこと、2、安倍氏に背後から近づいていった犯人を止めようとしなかったこと、3、1発目を発射した後、安倍氏を現場から逃がす動きがなかったこと、4、2発目を発射するまでの数秒間に犯人を無力化する動きがなかったことです。

 特に警備に当たる人間が安倍氏が倒れた後でさえ、誰も銃器を構えていなかったことも驚きです。

 アメリカやヨーロッパなら、犯人は100%射殺されていたことでしょう。つまり、攻撃前にリスクを排除する動きもなく、攻撃が始まった時から攻撃が終了するまで犯人無力化の動きがなく、最後はなんと丸腰で犯人を取り押さえにいったことです。

 犯人が爆発物を所持していたり、あるいは複数犯人がいたら大惨事になっていたはずです。さらに事件発生直後、群衆を現場から少なくとも100M以上遠ざけることもしていません。

 アメリカのメディアは、日本は刃物による襲撃事件はあっても銃犯罪は少ないので、銃を使用したテロを前提とした警備態勢がなかったと指摘していますが、そんな問題とも思えません。要人暗殺が非常に日本では容易なことを世界に見せつけた瞬間でした。

 さらにテロ分析の基本も日本のメディアは何も指摘していません。フランスではテロが発生した場合、その規模や目的によってローンウルフの思いつき程度のものか、組織的、計画的なものかを、まず捜査の初期段階で判断しています。

 なぜなら、大規模なテロや要人の暗殺といった社会的影響力の大きなテロの大半は計画的で、背後に組織や資金、人材の支援があると見ているからです。そこも非常に迅速に捜査しないと、連続して同じことが起きる可能性があります。

 さらに、もう一つの懸念は、今後、模倣犯が出てくる可能性です。今回のテロの犯人の動機が、たとえ個人的レベルの恨みからだとしても、準備が周到だったことも明らかになっています。テロリストの多くは準備は周到でも実行するタイミングは、当局に察知されないよう不意の場合が多いのも一般的です。

 個人的には安倍氏が長年主張してきた「日本を独立した主家国家として自主防衛能力を保持する国にする」という主張は、国際常識からすれば極めて常識的主張で、抑止力の大前提だといえます。さらに防衛のいろはともいうべき、攻撃させないために相手を無力化するだけの攻撃力を保有することも抑止の基本です。

 今のアメリカからすれば、日本が北朝鮮からのミサイル攻撃を受けても、自衛隊が出動しなければアメリカ軍が単独で北朝鮮に報復攻撃にいくことは考えられません。安倍氏が主張してきたことは何一つ異常なことではありません。

 ところが皮肉にも自分を襲撃した犯人を無力化する意識が極めて乏しい日本の警備態勢は、そのまま今の日本の国家に置き換えることができ、安倍氏はその平和ボケの当局の抑止意識で命を失ったともいえます。普通の国なら、現場で射殺か犯人が動けなくするよう距離を保って無力化するのが常識です。

 その意味で、安倍氏は今の日本の無防備さを身を持って示し、犠牲になったともいえます。
 
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