ロシアのウクライナ侵攻は、欧州連合(EU)の議長国がフランスの時に起きました。半年に1回、EU理事会議長国が輪番制で変わるEUでは議長国の役割は重要です。特に国際的イニシアティブにこだわるフランスは、昨年首相になった新米ショルツ独首相に対して先輩風をふかせたいところでした。
EUの代表はフランスといわんばかりにロシアのプーチン大統領との直接交渉で、戦争を思いとどまらせようとして失敗したのは汚点でしょう。
最近、フランスのテレビは「大統領、欧州と戦争」と題したドキュメンタリー番組で、ウクライナ侵攻4日前のマクロン氏とプーチン氏の電話でのやり取りを放映しました。大統領執務室の隣の部屋で仏露首脳の話に聞き入るスタッフの録画です。
14年ぶりに議長国を務めたフランスのマクロン氏の任が終わったタイミングでの放送でした。
大統領府が外交の裏側を明らかにするのは稀ですが、プーチンにコケにされたマクロン氏が許可したのんも政治的意図があったのでしょう。プーチンは約束を守らない酷い男ということを伝えたかったのかもしれません。
内容は、ロシアのウクライナ侵攻リスクが最高潮に高まっているというアメリカの情報をにわかに信じないマクロン氏が、電話でプーチン氏に対してバイデン米大統領との首脳会談のセッティングを提案し、応じるとしたプーチン氏の発言が、まったく嘘だったという話です。
マクロン氏からすれば、ウクライナ侵攻で得るものより失うものの方が大きいはずのロシアに助け舟を出し、議長国として得点をあげたかったのでしょう。しかし、そもそもアメリカの情報を信じない、あるいはリスクへの感性の欠けたマクロン氏のプーチンへの2重の誤認に問題があったといえます。
それはロシア、中国、北朝鮮、イランのような専制主義国家では、嘘をつくことに対してなんの道徳的呵責はないという事実です。マクロン氏が電話口で自分が米露首脳会談をおぜん立てすると提案され、プーチン氏はフランスに感謝するというニュアンスで答えながら、その4日後にはウクライナに軍事侵攻しました。
プーチン氏は「今からアイスホッケーに行くから、後はスタッフと日程調整してくれ」と電話口でいった録音が放送されましたが、後で外交スタッフが電話したら「大統領からは無視するように命じられた」ということで最初から応じるつもりがなかったことは明白でした。

ウクライナ侵攻後、早速クレムリンのプーチン氏に会いに行ったマクロン氏ですが、役者は1枚も2枚も上のプーチン氏にとっては、いざという時の1つの駒ぐらいにしかフランスを考えていなかったことは明白でした。戦争をやめさせたヒーローになりそこなったマクロン氏ですが、4月には再選されました。
しかし、考えてみるとロシア、中国の挑戦を受ける民主主義国家陣営は、フランスと同じように嘘に騙され、化石燃料への依存を利用され、制裁に対して報復され、資源や技術は盗まれ、これまでも悪に勝つには余るにもナイーブというしかありませんでした。
酷い目に遭っても、ロシアとの今後の関係維持を心配する仏独は、正義より停戦優先なのを見透かすプーチン氏の外交力の前に彼らは無力といわざるを得ません。表立ってマクロン外交は批判されていませんが、国民はフランスの国力をプーチンがどう見ているか思い知らされたのも事実です。
今、バイデン氏を含め西側先進国の政治指導者が、自国で窮地に立たされていることは東洋経済オンラインに寄稿した通りです。ロシアと対決姿勢を鮮明したNATOに忍び寄る不安
今日のニュースでは、英国では主要閣僚2人が辞任し、ジョンソン首相の足元はぐらぐらです。保守党内で信任投票が行われたら、ブレグジットで旗を振った1部の閣僚以外が不信任に回る可能性は高く、首相が辞任に追い込まれる可能性も否定できない状況です。
これら欧米指導者の脆弱さをプーチン氏が見逃すわけがありません。ロシア国民の大半が政府の世論操作でプーチン氏を支持しており、それは西側政治指導者が羨むような状況です。今後、ウクライナでの戦争が長期化し、西側のウクライナ疲れがひどくなれば、プーチン氏はほくそ笑むでしょう。
マクロン氏はウクライナ和平調停でEU議長国として失敗し、私の周辺の多くのフランス人は「大国ともいえないフランスの影響なんて大したことはない」「プーチンが相手にするはずもない」との意見が大勢で、マクロンがコケにされたことに同情したり、憤慨するフランス人は多くはいません。
今、最も問われているのは自由主義陣営の政治指導者のリーダーシップです。しかし、アメリカがオバマ政権以降、内向きになったことを見透かすように攻勢に転じたロシア、中国は意思決定の速さと政権の強固な基盤を背景にチャンスを逃さない覚悟に見えます。
結局、西側指導者とその同盟国は、まずは拝金主義で堕落した社会から腐敗を徹底排除して、自らの襟を正し、中露に揚げ足を取られない国づくりをすることの方がはるかに重要なように思われます。
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