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 中国の習近平主席が香港を訪問し、香港が英国から中国に返還されて25年を迎えた7月1日の記念式典に参加し、さらに行政長官の交代式を執り行うことで中国共産党による香港統治をアピールしたことは、嫌悪と絶望を世界に与えました。

 中国共産党にとって中国本土の経済発展とともに利用価値がなくなった香港から民主化勢力を完全排除し、さらに香港に隣接する中国のシリコンバレーといわれる深センに組み込むプロジェクトを着々と進めることをアピールした一連の式典でした。

 広域経済圏構想「一帯一路」に香港を組み込み、中国覇権に弾みをつける政策は確実に進んでいるように見えます。驚くべきは米ウォールストリートジャーナルによれば、中国はウクライナでも土地を買いあさり、すでに1割の農地を中国が所有しているということも一帯一路の一環かと思われます。

 そのウクライナでのロシアの攻勢が始まって以来、アジアでは台湾に圧力を加える中国の脅威が増していることに関する懸念が高まっています。実はフランスでも台湾有事への関心は高く、政治スクープなどで有名なフランスのジュルナル・デュ・ディマンシュ(JDD)紙が先月末、同問題を詳しく報じました。

 取り上げた理由は、台湾有事についてはウクライナ危機分析による反省は有用だからと同紙は書いています。教訓に関して同記事は3つの疑問を取り上げています。

 それは、1、習近平による膨張主義の焦りは、プーチンの「予期せぬ行動」への移行によって緩和されたのか、逆に奨励されたのか? 2、過去4か月のウクライナの経験は、米国の「戦略的曖昧さ」の姿勢に変化をもたらすものなのか? 3、ウクライナ危機で観察された新しい形態の「非対称戦争」は、台湾の抵抗力、あるいは中華人民共和国と直接対決するアメリカの成功の鍵になるのか?です。

 同紙はまず、ロシア軍のウクライナ侵攻の可能性について、侵攻前、「行動を起こす」ことはプーチンにとってリスクと利益のバランス上クレムリンに不利と分析されていたことを挙げています。同紙は著名なフランスの中国学者、ジャン=ピエール・カベスタン氏の分析を紹介しています。

 カベスタン氏は中国が過去に取ったロシアと似た行動を比較分析する必要があるとし、ロシアのウクライナ侵攻に西側諸国が否定的だっただけでなく、懸念も持っていた状況と比べ、習近平氏は、ロシアと違い、非常に多くの力を蓄積していること、次世代のために台湾統合は喫緊の課題という世論が醸成されつつあることだと指摘しています。

 このナショナリズムの高まりが、習近平を後押しする可能性が高いということです。そのことは、習近平氏は独断で決定はできず、世論の後ろ盾を演出して党指導部の支持がなければ行動できないことを意味しているというわけです。

 独裁的なプーチン氏の単独行動と異なり、習近平は、毛沢東以来前例のない個人的な影響力の強化にもかかわらず、一党独裁の組織的および政治的歯車の同意なしに意思決定を下すことができないことにも注意を払うべきだとカベスタン氏は指摘しています。

 それが露呈したのは1989年7月の天安門事件における共産党指導部の激しい権力闘争の過程を見ると分かると説明しています。その意味で、台湾軍事侵攻を決定を検討する前に、中国の指導部は、政治的および軍事的レベルでウクライナでの戦争の教訓を引き出す必要があるために注視していると書いています。

 カベスタンの分析は、あくまで鍵を握るのはアメリカだということです。台湾に対するアメリカの支援は正式な約束を除いて、「戦略的曖昧さの政策」、つまり、台湾と中国との一体性を認めつつ、台湾主権の選択も尊重するという立場です。

 この政策は、中国が力で統合することを思いとどまらせ、台湾当局が正式な独立プロセスを開始することを思いとどまらせるという二重の抑止力を行使することを目的があります。根底にはアメリカが大戦争に引きずり込まれないリスク回避があると言えます。

 この点に関するウクライナでの戦争の教訓は、それ自体が曖昧です。米国は北大西洋条約機構(NATO)の加盟国でないウクライナが、正式な約束に拘束されない国のために軍を派遣しないことを明確にしていることです。武器や資金は提供するが地上軍は送らないという姿勢です。

 当然、台湾有事でも懸念事項となります。そもそもウクライナ戦争へのアメリカおよびNATO加盟国の態度は曖昧です。特にロシア側から見れば、NATO加盟国が最新鋭の武器を次々に供与していることは、敵対行為の何ものでもなく、核攻撃を決断する根拠にもなりうるものです。

 実際、アメリカの軍事および経済支援はウクライナ当局の期待を上回るレベルに達しています。一方、バイデン大統領は5月23日、台湾に対するアメリカのコミットメントを非常に明確な言葉で再定義し、台湾有事にはウクライナ戦争以上の関与をすることを表明しました。

 とはいえ、台湾有事におけるアメリカの関与に関する政策も曖昧です。理由は米中戦争に発展することだけは避けたいからです。ベトナム戦争で苦い経験のあるアメリカは、中国やロシアを敵に回した大戦争には完全に後ろ向きです。

 今のところは中国にしても、台湾侵攻阻止に動くアメリカの艦隊に直接攻撃を加えることはしたくないと見られています。さらにアメリカのコミットメントの範囲に関する不確実性に加えて、ウクライナでの戦争の経験は、台湾の抵抗がどの程度になるかも注目点です。

 ウクライナもロシアと抜き差しならない関係にあり、東部にはロシア系住民が多く住んでいます。台湾も今では中国とは経済依存度が非常に高く、台湾国内でも中国支持者は少なくありません。ウクライナ戦争は、圧倒的な戦力を持つロシアとの非対称戦争ですが、台湾有事も同じです。

 ウクライナは小国ですが、断固とした外部からの支援があれば、はるかに優れた力の攻撃に抵抗することができることを証明しています。当然のことながら、台湾はウクライナの例からインスピレーションを得ようとしていると思われます。特にハイテク兵器に興味のある台湾はハイテク戦争に長けているかもしれません。

 ただ、2人のアメリカの学者の報告では、採用された最新鋭装備による戦略は、兵器と装備に関して首尾一貫した選択をもたらすにはほど遠いレベルだといわれています。つまり、重火気使用の伝統的戦争に勝てる備えはないという見方です。

 当然ながらウクライナの教訓は、台湾周辺国に適応すべきものがあります。ロシアと経済・エネルギー依存度を深めていた欧州連合(EU)諸国が、ウクライナ全面支援を表明したようなことが中国と似たような関係にある日本や韓国にできるのか疑問が残ります。

 ドイツが敗戦後の封じ込め政策と平和教育のために迅速な対応ができなかったとはいえ、日本は中国を完全に敵に回す勇気を持っていないように思われます。それに民主主義の国では世論が政策決定に影響するので、世論操作に余念のない中国の影響で日本や韓国に親中国派が多いのも気になるところです。