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 あまり望ましい事態とはいえませんが、世界は今、ロシアや中国など権威主義の国の膨張主義の脅威に晒されることで自国の安全を守ることが必須の課題となっています。実際にロシアがウクライナに軍事侵攻して4か月を過ぎ、未だに出口は見つかりません。

 今、北大西洋条約機構(NATO)はメンバー国のみならず、日本を含むアジア太平洋地域の首脳も招いて、自由と民主主義の価値観を共有する国々の世界的防衛戦略を話し合っています。これは9・11同時多発テロ以降、初めての世界が脅威に晒されている現実を突きつけられているからです。

 NATO事態は今回、フィンランドとスウェーデンの加盟の道筋がついたことで、ヨーロッパの東側防衛強化に弾みが付きました。さらにNATOは対ロシアの脅威に対抗して、保有する軍装備の近代化を加速させ、ロシアに対する攻撃力が確実に強化されつつあると米ウォールストリートジャーナルは伝えています。

 特にドイツは連邦議会(下院)が6月3日、ウクライナ危機を受けた軍備増強に向け、国防費として1千億ユーロ(約14兆円)の特別資金を拠出するための法案を可決し、同国はNATO加盟国が目標とする国内総生産(GDP)比2%超に拡大することになりました。

 驚くべきは同国の国防費は過去20年間、GDPの1.1〜1.4%で推移し、近年ではトランプ前米大統領が国防費の低水準を批判しても、トランプ嫌いのメルケル前首相は頑として増額を拒否していました。この状況は日本が防衛費がGDPの1%を超えるかどうかで大きな議論を繰り返してきたのに似ています。

 国防費増額を打ち出したショルツ政権は社民党と緑の党という左派が主導する政権で、1970年代から反原発、反戦を旗印にしてきた政党です。皮肉にも彼らが戦争の脅威が身近に迫る中、国防費の増額を迫られ、夢心地の平和主義は潰えた形です。

 2月のロシア軍のウクライナ侵攻以来、ドイツは何度もウクライナ支援が十分でなく、特に武器供与が遅れていることが批判されてきましたが、当然ともいえることです。日本同様、戦後の戦勝国による封じ込め策で、自国防衛はNATO任せで防衛政策は常に後回しにされ、軍装備の近代化も遅れていたからです。

 とにかく77年間も国外の紛争に本格的に関わることを控えてきた日独の自主防衛意識は極めて低いわけですが、アジアと違い、ヨーロッパでドイツが国防費を増額し、軍装備を近代化することを警戒する国はありません。ドイツが膨張主義に転じる可能性は皆無に等しいからです。

 これまで欧州連合(EU)では、ロシアの脅威に直接さらされ、過去にはソ連帝国の支配を受けたバルト3国やポーランド、チェコが、東側防衛強化を訴えてきたのに対して、仏独伊はロシアへの脅威の認識度は低く、むしろロシアを刺激したくないという外交姿勢が明確でした。

 この温度差はロシアのウクライナ侵攻でリセットされようとしていますが、それでも西側ヨーロッパ諸国の平和ボケは治る気配がありません。NATO首脳会議で威勢のいい発言が目立っても、本心ではいつものようにアメリカ頼りで、各国首脳は自国の経済的ダメージばかりを心配しているのが裏の事情です。

 日本もドイツ同様、権威国の中国の覇権主義の脅威に晒され、いつ台湾有事が起きてもおかしくない状況ですが、選挙で外交や防衛政策が中心的争点になることはありません。この機に防衛費を増額し、軍装備のさらなる近代化を推進しようとすれば抵抗に遭うのは必至です。

 日米同盟が頼りですが、バイデン政権はウクライナへの財政、武器供与には熱心ですが、本格的な関与には後ろ向きです。むしろ中間選挙を控え、内向きの民主党支持の有権者のウクライナ支援疲れを読み、大義名分で自由と民主主義の価値観を守る姿勢を見せながらも、本気でヨーロッパを守る気配はありません。

 結果的に中国が台湾侵攻し、北朝鮮が南侵したとしても、本格的な軍事行動を起こすかどうかは極めて疑問です。

 かつてオバマ元大統領がシリアが化学兵器を使用するといういう1線を越えたら地上部隊を送るといいながら、実際に化学兵器を使用した段階で何もアクションを起こさず、なおかつシリアの化学兵器の処理をロシアに依頼したりしました。

 無論、今の時代に自主防衛が可能なのはアメリカ、ロシア、中国くらいです。だからこそ、地域の安全保障は国家間の防衛協力が不可欠です。その時にドイツのようにボロボロの使いものにならない兵器しかなく、他国を助ける能力もなければ、いったい誰が守ってくれるのかということです。

 今さら、平和幻想に囚われ、封じ込め時代を懐かしむ余裕はないはずです。ドイツは今、直面する外圧で平和ボケから脱しようとしていますが、日本はどうでしょうか。未だに中国は脅威ではないと主張する識者が少なくないのが気がかりです。主権国家への回帰は避けられないテーマだと思います。