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 はっきりしていることは、ウクライナへ軍事侵攻したロシアが欧米諸国に強く要求していたNATOおよび欧州連合(EU)のロシア側へ拡大しない保障は、完全に否定されたことです。これは交渉術でいえば、譲歩を引き出すためのドア・イン・ザ・フェイスの失敗ともいえます。

 ドア・イン・ザ・フェイスは、最初に相手が呑めないハードルの高すぎる要求を突きつけ、その要求を断った相手が多少申し訳ないと思う心理を利用して、2番目の要求を呑ませるというものです。譲歩を引き出すように見えて、実は2番目の要求が本来の目標という心理作戦です。

 この交渉術はビジネスマン大統領が何度も使った外交手法です。特に北朝鮮や中国に対して使われたように私の目には移りました。

 しかし、この交渉アプローチは一歩間違えば、ヤクザの恐喝手法と同じです。プーチン露大統領の姿勢は譲歩を引き出すどころか腕力で最初の要求を呑ませようとしているからです。これは今後の中国の台湾軍事侵攻や北朝鮮の暴発への懸念にも繋がる話です。

 ロシアの脅しは過去においては効果をあげていました。それが顕著だったのがドイツやフランスの対ロシア外交です。つまり、アメリカと並ぶ核兵器保有国のロシアを刺激しないためにウクライナやモルドバをEUやNATOには加盟させない緩衝地帯に置くことでした。

 しかし、状況はロシアのウクライナ侵攻で今、激変しています。16日にウクライナを訪問したEU主要国の仏独伊首脳がウクライナのEU加盟の候補国として承認することを支持したからです。ウクライナを候補国に格上げするには加盟27か国の全会一致の賛成が不可欠ですが、仏独伊の意向は重要です。

 マクロン仏大統領とショルツ独首相、ドラギ伊首相は夜行列車で同日朝、ウクライナ入りし、最初に侵攻後に激戦地となったキーウ近郊のイルピンを訪れ、被害の惨状を直接視察しました。

 マクロン氏は「ここは勇敢な町だ」とし、ウクライナ軍を讃え、「野蛮な攻撃の跡がここには残っている」と述べました。その後、ウクライナの隣国のEU加盟国、ルーマニアのヨハニス大統領もキーウで合流し、4人のEU首脳は、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談しました。

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 会談後の共同記者会見でマクロン氏は、EUの4か国がウクライナの「即時」加盟候補国入りを支持すると言明。ショルツ氏は「ウクライナは欧州の家族の一員だ」と述べ、同国への武器供与を「必要がある限り」続けると約束しました。

 ドラギ氏も「われわれの訪問の最も重要なメッセージは、イタリアがウクライナのEU加盟を望んでいることだ」と述べ、EU4か国首脳は、ロシアが苛立つことを念頭に軸足を完全にウクライナに移しました。

 これに先立ち、EUの欧州委員会のフォンデアライエン委員長も6月11日、突然にキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領とEU加盟について話し合い、「私たちは、ウクライナの欧州への道筋を支援したい」「今日行われた話し合いで、来週末には評価を確定できるだろう」と伝えていました。

 その発言を考えると4首脳がウクライナでEU加盟候補国に格上げすることを支持したのはスケジュール通りだったのかもしれません。

 興味深いのは、欧州議会のロベルタ・メツォラ議長がフォンデアラエン氏のウクライナ訪問前日に「ウクライナは、われわれ欧州のプロジェクトに参加する真の可能性を得るときではないか。私が議長という名誉と責任を負う欧州議会は、ウクライナのEU加盟候補国としての申請を強く支持している」と発言したことです。

 ここで強調されている自由と民主主義を価値観の進化、拡大をめざす「欧州プロジェクト」にウクライナは参加する条件を十分に満たしているという認識です。これはマクロン大統領が提唱する「欧州政治共同体」構想にも繋がるものです。

 今回のEU4か国首脳訪問については、ゼレンスキー氏がロシア侵攻後、同氏の度重なる強い要請にもかかわらず、EU主要国であるフランスとドイツが武器供与で曖昧な態度を取り、特にドイツが迅速に行動していないことに何度も不満を表してきた背景があります。

 ショルツ首相も国内の与野党勢力から行動の遅さに批判が集中していたため、今回のウクライナでの武器供与の明確な意思表明は、対ウクライナだけでなく独国内での批判をかわす効果があったと仏独メディアは報じたくらいです。

 EU加盟をめざすゼレンスキー氏は、ウクライナはEU加盟に向けて準備ができているとし、期待を表明しました。

 ショルツ首相は加盟を歓迎しつつも、「多くの加盟条件をクリアするため、時間はかかる」との認識を示しましたが、ウクライナが2月に加盟申請して4カ月後、仏独伊が支持を表明したのは異例の速さ。

 ゼレンスキー氏は今回のEU首脳のウクライナ支援の意思表明は歓迎しつつも、ロシアの継続的な侵略を「統一されたヨーロッパに対する」戦争であると説明し、追加支援として重火器や最新鋭の大砲、対空防衛システムなどの提供を期待していると記者会見で述べました。

 ブレグジット後のEUは、結束が一つの大きな課題になっています。ロシアのウクライナ侵攻はEUを大きく変えようとしています。ここでウクライナのEU加盟候補国の協議で、最近、反対が多いハンガリーやウクライナ加盟に慎重なオランダ、デンマークが賛成しなければ承認は成立しません。

 ただ、ロシアから見れば、ウクライナがEU加盟候補国になることを支持したフランス、ドイツ、イタリア、ルーマニアは敵国として明確に位置付けられたともいえます。

 世界の最大の関心は戦争終結です。欧州は危険を承知で大きな賭けに出ようとしています。ただ、ロシアにひるむ兆しは何も見えていないのも事実です。一線を越えたプーチンは居直るしかない状況に見え、唯一、政権の自己崩壊を期待するしかないようにも見えます。