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 人一倍信じるものを追い求めてきた知人のY君は、私が出会った時は大学生で、すでの宗教遍歴を重ねていました。世界への関心も強かったY君は、大学がキリスト教系だったこともあり、最初はプロテスタント系教会、次はキリスト教系新興宗教も信じてみましたが、しっくりきませんでした。

 彼は人間の好きなヒューマニストだったので、人間誰もが救われるべきだと考えており、プロテスタントの場合は「イエスキリストを受け入れた者だけが救われる」という考えに対して、新興宗教の場合も「選ばれた者だけが救われ、終末が来れば残りの人々は火にくべられて滅びる」という考えについていけませんでした。

 その後、精神的には宙ぶらりんの状態でプロテスタント系の修士の大学院を卒業したY君は、得意の英語力を生かし、アメリカの金融機関に就職し、ニューヨークに住むことになりました。本人によれば、金融業界の知識もない新卒なのに最初から厳しいプレッシャーがかけられたといいます。

 そこで彼は忘れられない上司の暴言で深く傷つきました。「お前は役に立たない人間だ」といわれたのです。日本で新入社員に向かって「お前は役立たずだ」といわれるのもキツイですが、そこは異文化の上司で、ショックは大きかったようです。

 以前、日本にあるデンマーク資本の製薬会社で研修を頼まれ、デンマーク人の社長が来日し、「私はあなたがたの仕事に満足していない」といわれ、日本人従業員は非常にショックを受けたので、デンマーク人との付き合い方を教えて欲しいといわれたことがあります。

 私はすぐ気づいたのですが、日本では「上司を喜ばせる」「上司を困らせてはいけない」などが西欧以上に重視される傾向があり、会社のトップが「満足していない」といえば、それはとんでもない悪い評価ということになるのだと思います。

 ところが西欧では上司の満足のために仕事をしていないので「上司が満足していない」というのは自分の評価に影響はあるものの、決定的なものではありません。無論、上司に喜ばれれば部下も安心ですが、そのデンマーク人社長のいったことは自分が考える目標に達していないことについて、そんな表現を使ったと考えられます。

 そう受け止めれば、ではどうしたらトップが立てた目標に至れるのかを検討すればいいだけの話です。それを「上司がお怒りになっている」と受け止めてしまうのが日本人ということです。Y君もそんな異文化を十分理解していなかったことが想像されます。

 アメリカ人なら「お前は役立たずだ」といわれたら、不快に思ってやめるか、「あの上司を見返してやる」と強気に反応するはずです。「役立たず」といわれ、謝罪した日本人に対してアメリカ人上司が「謝るのは弱さの表れだ。謝るぐらいだったら改善の意思を示せ」といわれた例もあります。

 無論、30年前の話ですから、今のアメリカで上司が部下に役立たずというのはマネジメントの観点からいって不適切になりつつありますが、個人主義のアメリカではどちらにしても私を主語にして話すしかなく、奉公精神旺盛な日本人にはキツイのは否定できません。Y君はその後、転職し、そこで新たな宗教も見い出し、今も活躍しており、結果オーライです。

 最近、日本のZ世代に触れ、つくづく感じるのはアイデンティティ・クライシスの問題です。クライシスというのは大げさに思うかもしれませんが、自分は何者で何がしたいのか、人生の目的は何かといった個の確立が欧米人だけではなく、野心満々の優秀なアジア人と比べても希薄だと感じます。

 それは今に始まったことではないのも事実ですが、周囲に合わせて波風立てずに安全に生きることが日本人の生きる姿勢だとすれば、当然かもしれません。とはいっても1度しかない人生を意味あるものにすることには繋がらないようにも思います。

 だからといって自己主張しろ、尖った生き方をしろというのも違うと思いますが、少なくとも自分自身を知って、自分を明確にすることは必要です。Z世代に向かった「1度しかない人生なのだから」というとキョトンとしている場合が多く見かけられます。それは寂しい気がします。

 信じるものを持つというのは、自分のアイデンティティを持つことに大きな影響を与えます。同時にそれは自分を価値視することにも繋がります。Y君は今、自分の社会的使命を明確に感じて生きているように見えます。しかし、宗教でなくても人のため社会のためになる人生観を持てば自己肯定感を得ることはできると思います。

 そのためにはポジティブなセルフトーク(自分の中での対話)が効果的といわれています。さらにポジティブな人と多くの時間を費やすことも重要です。

 完全な人間などいないわけですし、自分を明確にするといっても毎日自分も変化しています。アイデンティティが強いアメリカ人でも昨日いったことと今日いうことは変わるものですが、アイデンティティを強化すれば、自分の言葉に責任を持てるようになり、意味のある人生を送れるようになるという話です。