andy marlin

 英競売大手クリスティーズでは9日、ニューヨークで開催されたオークションで、20世紀後半の1時代を築いたポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルの代表作であるマリリン・モンローの肖像画が1億9500万ドル(約254億円)で落札されました。

 その額はフランスがウクライナ戦争でこれまでウクライナに供与した1億ユーロ相当の武器を上回っています。さらに2017年に史上最高額の4億5,030万ドル(約508億円)で落札されたダヴィンチの「サルバトール・ムンディ(救世主)」には及ばなかったものの、2015年に1億7,940万ドル(約215億円)で落札されたピカソの「アルジェの女たち(バージョンO)」を抜き、史上2位となりました。

 アメリカ人の作品として過去最高を記録し、アメリカの美術市場は歴史を塗り替えました。クリスティーズは全ての収益を世界で困難な状況にある子供たちに寄付するといっています。1部はウクライナ戦争の避難民の子どもたちに渡るかもしれません。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は「今回の結果は、金融市場全般が不安定に推移する中、高級美術品市場の世界的な強さを浮き彫りにした。美術品の価値は株価などと必ずしも連動しないため、美術品を投資ヘッジとみなすコレクターは多い」と書きました。

 戦争が始まると金の価格が高騰するといわれますが、高級美術品も同じようなことがいえるといわれています。ウクライナ戦争の長期化が指摘される中、世界は不確実性が高まっており、高級美術品はマネーの逃げ場になっているのは明白です。

 そんな下世話な話は別にして、1964年に制作されたシルクスクリーン作品のウォーホルの「ショット・セージブルー・マリリン」は、1953年の映画「ナイアガラ」の宣伝用写真をモチーフにしたものです。アメリカのポップアートは第2次世界大戦後に進んだ大量生産、大量消費社会への皮肉でもありました。

 アメリカが生んだ大衆文化を背景としたポップアートは、一斉は風靡したもののアメリカでしか生まれない独特なものでした。今でこそ完全に市民権を得た20世紀後半の美術の1つの流れになっていますが、ポップアートはヨーロッパからアートの主導権を奪った決定的存在にもなりました。

 その背景の一つが圧倒的なアメリカの資金力です。実は美術市場ですっかり定着したフランス発の印象派絵画を世界的に評価を定着させたのはアメリカのコレクターたちでした。沈没した豪華客船タイタニック号の中にはアメリカの富豪がヨーロッパで買いあさった印象派などの名画が大量にあったといわれています。

 印象派はいってみれば、ヨーロッパが生んだ最後の美術様式ともいえますが、戦後の世界の美術市場はアメリカに移り、今は完全にグローバル化しています。ポップアートは社会における美術の役割を考えさせるものでした。

 深さも重みもない作品は、ヨーロッパの長い歴史の重みと呪縛から完全に開放されたアメリカの作家たちが、軽いノリで荒々しく伝統美術を手でかき回したような、プラスチック製の玩具が散乱する子供部屋のような状況を作り出しました。

 しかし、それは行き詰まっていたヨーロッパの美術を次の段階に引き上げてくれる存在にもなりました。19世紀後半、ゴッホに象徴される強烈な個性を持った作家たちが、職人画家から独立した芸術家を生んで100年が経った20世紀後半、芸術のあり様はアメリカによって大きく変化させられました。

 つまり、ウォーホルは美術史に決定的影響を与え、評価が固まった作家となったために史上2番目の落札額がつけられたともいえます。しかし、それと美術にとってポッポアートは何を生み出したかは別の話です。

 事実、ウォーホルは1970年代にパリで個展を開いた時、どうしてもっと早く個展をしなかったのかという質問に敷居が高すぎたと答えています。ヨーロッパに対するコンプレックスもあり、嘲笑されるのを恐れたのでしょう。

 アメリカ美術は1時代を築きましたが、21世紀がどこに向かっているかといえば、さっぱり見えていません。

 AIやデジタルという21世紀のテクノロジーは、2次元空間の絵画の存続を危うくしています。産業化、都市化で都市に住む人々が部屋に自然を呼び込むために印象派の絵は市民権を得ました。その前には宗教画が人々の信仰や世界観を支えました。

 戦争で血塗られた不幸な20世紀は、芸術家にも大きな影響を与えました。シャガールは故郷のベラルーシの寒村の思い出をフランスにいて平和の夢になぞらえ、ピカソはフランスでスペイン内戦を描いた「ゲルニカ」でフランコ独裁の圧政への嫌悪を描きました。

 残念ながら21世紀もどうやら独裁権威主義の国が世界に脅威を与え続け、戦争をくり返す世紀になりつつあります。芸術には何ができるのか。マリリン・モンローの肖像画を見ながら、高額取引で生じた利益がウクライナの子どもたちに渡ることしか考えられない現実に言葉を失うしかない状況です。