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 プーチン露大統領に子羊のように仕えるラブロフ外相が、ヒトラーもユダヤ人だったのではと発言したことが、イスラエルとの関係を極度に悪化させました。日頃、謝罪することのないプーチン露大統領は、部下のラブロフ氏の失言について、イスラエルのベネット首相に謝罪しました。

 ところが今回の失言の元は、実はプーチン氏自身にあります。ウクライナへの軍事侵攻の正当化で何度もウクライナ国内のナチズムを排除するためと公言していたからです。

 今月発売されている月刊「正論」にも書きましたが、プーチン氏の間違いはウクライナのナチズムの排除といいながら、結果的にはウクライナのロシア化のために、自分自身がナチス同様、ウクライナ人絶滅に走ってしまっていることです。それもユダヤ人の血を持つゼレンスキー大統領を相手にです。

 欧米諸国において、反ユダヤ主義ほど明確に断罪されているイデオロギーは他にないと思います。それはイスラエルを中心に世界のユダヤ社会が徹底して反ユダヤ主義を排斥し続けているからでしょう。ウイルスと同じで放置すれば、さまざまな顔を持って出没する同主義をそのたびに徹底して叩くことを今でも繰り返しています。

 日本でも某大手出版社の雑誌が、ナチスドイツによる強制収容所の存在に疑問を投げかける特集を組んだために、国際ユダヤ組織から圧力を加えられ、廃刊に追い込まれた例があります。彼らが主張していることを否定したり、疑問を投げかける行為にいかに日々目を配っているかが分かります。

 世界にはユダヤ系のジャーナリスト、弁護士、言論人などが大量に投入されており、新型コロナウイルスのPCR検査のように歴史認識を覆す行為を監視しています。今は国家を持っている彼らは政治的、軍事的にも自分たちを守るすべを持っています。流浪の民を強いられた経験から徹底したリスクマネジメントが行われています。

 プーチンのウクライナ侵攻に使われた理由は、彼が完全に国内向けに語った内容です。つまり、ヒトラー率いるドイツ軍にサントペテルスブルクやモスクも喉元まで攻め込まれたにもかかわらず、強烈な愛国心で最終的に独ソ戦に勝利した過去を国民に思い起こさせ、国民を団結させるためでした。

 裏を返せば、彼の足元で起きている反プーチン勢力の台頭を抑え込み、彼がめざす偉大なロシア帝国復活のために必要な愛国心とプーチン氏への絶対忠誠を呼び起こすことが目的だったといえます。ところがウクライナの過激な民族主義団体アゾフをナチ視したことは外交上問題を引き起こしました。

 純粋な下僕のラブロフ外相がヒトラーもユダヤ人だったのではと発言したことは、ユダヤ人がユダヤ人を大量虐殺したという理屈になります。反ユダヤ主義を監視するイスラエルにとっては、今までにない強烈なユダヤ批判です。彼らがこの発言を放置するわけがありません。

 実はロシアは旧ソ連時代末期に、ソ連邦内のユダヤ人を排斥し、多くがイスラエルに逃れた過去があります。当時、イスラエルに取材に行った私は、住む家もなくテント生活を強いられるソ連難民を目撃したのでよく覚えています。

 しかし、今ではイラン問題もあってイスラエルはロシアと良好な関係を維持しており、国連がロシア軍のウクライナ侵攻を非難する緊急の特別決議を行った際も、非難や対ロシア制裁に加わらりませんでした。日頃はアメリカや英国と歩調を合わせるイスラエルが中立を保っています。

 そんなロシアにとって貴重な存在の核兵器も所有していると思われているイスラエルを敵に回す理由はないということで「自分のところの舎弟が馬鹿の失言をしてしまった。何とか許してくれないか」といったかどうかは分かりませんが謝罪し、ベネット首相も受け入れたというわけです。

 暴力団なら、その舎弟はなんらかの落とし前をつける必要もあると思われますが、国家の長が謝っていることで一件落着した話です。しかし、プーチン氏にとってはウクライナからネオナチを排除するという大義名分の主張は、対独戦争勝利記念日の今月9日に繰り返すのが困難になったかもしれません。

 世界は今、19世紀の帝国主義に逆戻りさせようとする専制主義国家によって、20世紀の2つの戦争から学んだものを不意にしようとしています。これらの国は自由と民主主義、法治国家を信じる国々でさえ、インドやイスラエル、さらには東南アジア諸国を配下に置く勢いです。

 自由と民主主義は統治制度であり一種のイデオロギーですが、国家主権ほどのパワーはありません。それより安全保障や経済の方が力を持っているのが実情です。バイデン米大統領のイデオロギー的原則外交では、到底対抗できる勢力でないことは確かです。

 東西冷戦で自由主義陣営は勝利したと有頂天になりましたが、その後、専制主義は屈辱感や恨みを持つ国で着々と実力を蓄え、気が付いたら化け物になっていたという話です。

 実は勝利したのではなく間違ったイデオロギーを信じた相手が勝手に崩壊しただけで、自由主義陣営は金と物質に興じて堕落していったことに気づいてなかったということでしょう。



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