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 「人は物語によって突き動かされている」、これが政治の世界では古代ローマの時代から、マーケティングの世界では今も消費者を刺激する方法論になっています。韓国ドラマに興じたり、アニメ中毒になる人も、自分が物語の中にいるヒーローに心を動かされ、ストレスの多い現実から解放された気分になれるのも確かです。

 人間はいつでも物語を必要としており、人生そのものも物語といえるものです。それは退屈で平凡な物語から、小説にしたら人を魅了する物語もあるでしょう。しかし、現実の人生が作り出すのは人工的に作り出した物語ではありません。いずれにせよ、物語には有害なものと安全なものがあるのも事実です。

 ウクライナに軍事侵攻を命じたロシアのプーチン大統領について、世界中で専門家が分析を行っていますが、現時点での大方の見方は、世界一の大国アメリカと対峙したソ連帝国ではなく、革命前のロシア大帝国時代への強烈な回帰願望がプーチンを突き動かしているといわれています。

 そのプーチンの現実離れした願望にロシア国民も共感し、共産主義を信じて挫折した大国ロシアを取り戻すために構築されたプーチンの物語に世界が引きずり回されている状況といえるのかもしれません。

 同じようなことが、世界の中心は中国であり、北京の皇帝に世界中の人々が仕えるという中華思想の実現の願望が、国民の共感を生み、それがもしかしたら可能という錯覚から習近平国家主席を覇権主義に駆り立てているともいえます。プーチン、習近平ともに自国を実力以上に見せることに余念がない。

 過去にはドイツのヒットラーがアーリア人による世界支配を夢見て、同じ選民意識を持つユダヤ人の絶滅をめざしジェノサイドを行った忌まわしい過去があります。一般的に間違った思い込みを1か月以上続けると妄想性障害というそうです。

 人間が感情的生き物で、理性よりも感情に支配されやすいといわれています。昔、ブルース・リーの空手映画を見た男たちが、映画館を出る時に自分がブルース・リーになったような様子だったといわれましたが、1か月の効果はなかったでしょう。つまり、安全な妄想だったといえます。誰よりも強くなりたいという男の願望が刺激されたに過ぎないからです。

 夢や願望は人を動かす重要な要素ですが、時にヒットラーやプーチン、習近平のように有害化することもあります。往々にして有害な妄想に発展するのは、コンプレックスや屈辱感など、負の感情が生み出すものです。それもかなり重症な場合が多く、その負の感情は負の連鎖を生み出し暴走する可能性もあることを歴史は証明しています。

 一般的には夢を持つことは良いことですが、現実と乖離し過ぎた夢や思い込みは有害化リスクがあります。「わが国は本当は世界1の大国であるべき」「他の民族より優れている」「神に選ばれた特別な民族」という思い込みの間違いは、もしそうなら世界に対して多大の責任が生じるという意識があるはずですが、それはありません。

 有害化の恐れのある妄想は、負の不快な感情から生まれたものなので、大国となった場合の義務や責任には興味がありません。結果的にその妄想はコンプレックスや惨めさから抜け出すための目的しかなく、ロシアや中国の膨張主義を危険と感じさせるのは、彼らが世界中の人々を幸せにすることはないと感じるからです。

 人は文脈(コンテクスト)によって物事を理解するので、聖書ではイエス・キリストが多くのたとえ話の物語で教えを広め、独裁者は自分を讃える物語の芝居で人々を屈服させ、共産主義も芝居には非常に熱心でした。プーチンも習近平も金正恩も物語を語り、人々を洗脳することに必死です。

 往々にして、よくできた物語ほど危ないといわれます。ビジネスの世界でも毎日流されるコマーシャルは全て物語です。中には有害化に繋がる物語もあるでしょう。夢は実現するために多大な努力が必要ですが、有害な誇大妄想は夢実現の具体的プロセスはありません。

 今のところ、有害な誇大妄想に取りつかれたプーチンを止める手段は見つかりません。なぜなら、彼は一線を越えてしまっているからです。イスラエルで選民意識を持つユダヤ人とそうでないパレスチナ人が和平に至れないようなものです。あとはロシアの内部刷新を待つだけなのかもしれませんが、元KGBのプーチンの警戒感は相当なものでしょう。