800px-T-90S_(4716212155)

 ポーランドでのバイデン米大統領の発言が話題を呼んでいます。ワルシャワで一般市民を前に「プーチン氏を大統領の座から引き下ろすべき」といったのは、一応、民意で選ばれたプーチン氏であるため、たとえ大国のトップとはいえ、他国の民主主義に介入する権利はないという批判が起きました。

 ホワイトハウスは、慌ててアメリカ政府がプーチン政権の転覆を計画している事実はないと打ち消しましたが、バイデン氏の真意は何なのか、ただの高齢者のうっかり失言なのか、プーチン政権に圧力を加えるための深い意図があったのか見方は分かれています。

 キューバ危機の時、当時のケネディ大統領周辺では、大統領の発するメッセージが核戦争を引き起こす危険があるということで細心の注意が払われました。全ての言動がソ連に対するメッセージとなり、一歩間違えば相手に戦争の引き金を引かせるリスクを当時抱えていました。

 今また、プーチン氏の命令で動く軍部の全ての行動がメッセージであり、その意味を分析することは極めて重要です。無論、創造の範囲を超えることはなく、特に思考回路が極端に異なる相手の意図を推し量ることは至難の業でないことは確かです。連日、メディアは専門家の大量の分析やコメントを流していますが、事態収拾に繋がるヒントにまではなっていないように見えます。

 そんな中で今回のウクライナ戦争は、専制主義による民主主義への挑戦という指摘は、荒っぽすぎるとの印象です。かつての東西冷戦のイデオロギー対立に無理やり当てはめようとする少々、的外れなものかもしれません。たとえばロシアは冷戦終結後、体制的には民主主義に移行しました。

 これは中国共産党一党独裁で、党幹部が政府の上に立つ、いわゆる専制主義の中国とロシアは大きく異なっています。多くの専門家が指摘するようにプーチン氏の野望は、ソ連時代の戻るのではなく、それ以前の帝政ロシア時代の大帝国への回帰を目指していると指摘されています。

 共産主義ソ連時代にKGBにいたプーチン氏は、共産主義の問題点も熟知しているはずで、ソ連邦時代に戻るつもりはなく、専制主義の1つの形である帝国主義をめざしているように見えます。ただ、これまでのプーチン氏の行動を見ると、明らかに反政府勢力への弾圧の仕方は、明らかに民主主義の原則を破っています。

 ところが、世界の存在する民主主義国家の実態はけっして褒められるものではなく、専制主義に劣らず、権力腐敗は存在し、日本でも民意より、業界団体の憩いが色濃く政治に影響を与えていることや選挙をすれば、必ず汚職が発覚するなど、成熟した民主主義になっていない民主主義の国は多く存在します。

 そもそも民主主義を実現させるには、国民の良識や見識、一定の道徳規範、国民同士が相手の意見を尊重する姿勢が必要であり、そのどれをとっても容易なものはありません。興味深いのは西側陣営を批判するロシアのインテリも、イスラム根本主義指導者たちも「堕落した西洋文明」という言葉を頻繁に使うことです。

 たとえばロシアから見れば、ロシア人が最も不道徳という大罪があります。それは重い順から育児放棄、自殺、同性愛、人間のクローン化、一夫多妻、中絶、死刑、動物実験、安楽死です。冬季ソチ五輪で同性愛者の入国を制限したのも社会道徳に反するとの常識があるからです。

 児童放棄が非常に重い罪と考えられているのも興味深いところです。西側諸国では日本を含め、育児放棄や子供への暴力は頻繁に起きており、自殺、中絶、安楽死の法制化も進み、LGBTに市民権を与えることは、今やブームになっています。

 伝統的価値や道徳は、リベラルな際限のない自由のもとで消え去ろうとしています。日本を除けば西側先進国の多くは移民を受け入れていますが、途上国から来た移民にとって、先進国の人々が手本になっているとはいえない状況です。

 そもそも民主主義は権力が1人または特権的な人々に集中することで起きた富の偏りによる不平等や国民の自由を制限し、社会で人権が無視されてきた歴史から、君主政治、専制政治、一党独裁の弊害を排除するために編み出されたもので、歴史の教訓に支えられたものです。

 さらに民族主義の強調は紛争の火種になってきた歴史から、民族主義を前面に出すのは問題ということを20世紀の2つの大戦から学んだはずでした。個人的には共産主義が文明の進化を止めたと考えており、70年に渡る共産主義体制で思考が停止し、今、ロシアは19世紀以前に戻ろうとしているように見えます。

 韓国の朴槿恵元大統領は民族主義の重要性を強調し、世界の首脳にいって回っていましたが、歴史に対する無知というしかありません。ここでロシアによって民主主義世界まで19世紀に引き戻されるとしたら、こんな愚かなことはないでしょう。

 ウクライナ危機は、民主主義陣営が民主主義の劣化を止め、自由と民主主義を立て直し、進化させる機会と捉えるべきでしょう。単に独裁者プーチンとの戦いという単純なものではないと考えられます。個人的にはプーチン氏を追い詰めた責任は西側にあると思っています。