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 デイヴィッド・ホックニー:ノルマンディーの1年展 
Musee de l'Orangerie cDavid Hockney

 アメリカ西海岸に長年、居を構えていた英国出身の画家、デイヴィッド・ホックニーが2019年からフランス北西部、英仏海峡に面したノルマンディー地方に住み、カリフォルニアとは全く異なった自然を描いています。

 英国のポップアートのけん引役だったホックニーは80歳を超える高齢だが、最近ではYouTubeで、野外の自然を相手に絵を描いている制作風景が紹介されたりして、健在ぶりを見せています。筆を滑らせれば、それはホックニーとすぐ分かる色合いと単純化されたフォルムと構図が、彼独特の温かみのある味わいを醸し出しています。

 そのそもポップアートに代表される1960年代から70年代にかけてのアメリカ現代アートは、大都市に住む現代人がテーマの場合が多いわけですが、ホックニーの描く風景画は新鮮ともいえます。さらに巨匠が制作現場を動画で中継しながらYouTubeで公開し、自ら解説する試み自体が現代的です。

 モネの巨大な「睡蓮」作品で有名なパリのオランジュリー美術館では「デイヴィッド・ホックニー:ノルマンディーの1年」展(来年2月14日)が開催されています。コロナ禍のオミクロン株の感染拡大の中、12歳2か月以上のすべての来館者は予約の上、衛生パス(ワクチン2回接種証明、今後は3回接種)の提示が義務付けられています。

 ホックニーは展覧会の紹介文によると、ノルマンディー地方バイユー博物館の有名なタピストリーに出会い、大いに新たな着想を得たとあります。70mの長さを誇るフランス最大で最古のバイユーのタペストリーに、ホックニーは大いに感銘を受けたそうです。

 バイユーのタペストリーは、1066年のノルマンディー公兼イングランド王ウィリアム1世によるイングランド征服物語が描かれたもの。私も縁あって何度となく見に行ったことがあります。ノルマンディーは、スカンディナヴィアおよびバルト海沿岸に原住したバイキングでもある北方系ゲルマン人が定住した地で、背が高く、色が白い人が多いのが特徴です。

 そのノルマンディーでフランス国王の臣下、ノルマンディー公だったウイリアムが英イングランドを征服した歴史は、英国の歴史に深く刻まれています。

 英国人であるホックニーは、春から夏、秋から冬にかけたノルマンディーの四季の移り変わりの長い物語を自身の絵筆で描き、脳裏にはバイユーのタペストリーがあったそうです。一見、子供が描いた絵のように見えて、これぞホックニー作品という印象です。

 温暖なカリフォルニアのスイミングプール(初期有名作品)から、気候変化の激しいノルマンディー、それもバイユーから遠くないところに居を構え、10年前から用いているiPadを使い、オランジュリー美術館の地下を飾る『睡蓮』を想起させる没入感を与える画家の新境地を開く90mに及ぶ作品は牧歌的であり、同時に現代的です。

 季節の変化を含む作家の周辺の風景を描き、秋のオレンジ色の葉、雪に覆われた庭、春に咲くリンゴとナシの木、さらには夏の小麦の山まで、ホックニーの描いた物語が美術館の廊下を飾り、それは日本の絵巻物のようです。

 彼の筆致はポップアートの単純化された形状だけでなく、時にはスーラやピサロの点描表現を想起させます。ノルマンディーの自然はカリフォルニアと違い、天気の移り変わりが激しいことで有名です。アメリカでは得られない気の遠くなるような長い歴史が息づく中の自然にはカルバドス酒(リンゴ酒)や牛たち、沼地や小川、雪に覆われた林があります。

 近年、注目される仮想現実のVRや拡張現実のARで重要な没入感は、今回の展覧会場オランジュリー美術館にある壁を覆いつくすモネの睡蓮作品も、その効果を表しています。現代アートの多くが巨大作品なのも没入感効果を狙ったものともいわれています。

 80歳を過ぎても新しい表現方法に挑戦するホックニーの姿勢は興味深いといえます。同時に同作品はフランス人にとっても新鮮な印象を与えていると思われます。