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  パリ大モスク

 フランスでは、イスラム教徒が約500万人いるといわれ、人口の8%近いといわれています。そのためイスラム教は極めて身近な存在です。政府がイスラム女性のスカーフやブルカの公共の場での着用を禁止しても、イスラム女性の側の主張も聞こえてきます。

 最近、フランスで大スキャンダルになった聖職者による小児性愛の性的虐待の犠牲の多さが注目されていますが、当然、イスラム聖職者にはないのかと話題になります。それにイスラム聖戦主義が若者に広がり、テロリスト予備軍になっていることが、フランス人に嫌悪感を与えています。

 この件については、今月21日、パリ大モスクと3つのイスラム教徒連盟が在仏イスラム教団体を代表するイマーム国立評議会(CNI)をパリに設置する式典を行いました。

 設立目的は在仏イスラム教の牧会者イマームの任命について政府の意向を反映させるためです。過去に在仏イマームの中に過激な聖戦主義で信者を扇動し、テロに掻き立てた疑いがあることから、政府が長年イスラム団体に要請していました。

 イスラム教が身近なフランスでは、たとえば友人の日本人夫婦の間にフランスで生まれた日本人女性がイスラム教徒と結婚することになり、それをフランス人の友人たちが強く批判し、結婚を断念するよう迫るという状況に遭遇しました。

 フランス人の批判は「イスラム男性は結婚すると妻を所有物と考え、家畜のように扱う」「女はイスラム社会で男より格下の存在」「女性には人権も自由もない」というものです。

 しかし、そういう彼らはカトリックの価値観を理解しているかといえば、そんなことはなく、自由のためにカトリックの禁欲的教えには蓋をしている場合の方が多いといえます。だから、カトリックとイスラムが衝突している構図でもありません。

 毎年、フランス人の若者が約3,000人もイスラム教に改宗する事実に驚き、個人的には関心の高いテーマで20年以上取材を続けてきました。そこで見えてきたのはイスラム教には聖職者は存在せず、イマームは一般人であり、カトリックのような聖俗の区分もないことです。

 キリスト教の中にも新渡戸稲造も信者だったクエーカー教徒がいますが、彼らは神父や牧師を置かず、毎週の集会でその週に神体験した人が証し、恵みを分かち合うスタイルです。

 イスラム教ではムハンマドも預言者であり、尊敬はされていますが、キリスト教のイエスのような人間離れした神から遣わされた救世主のような崇拝対象ではありません。

 カトリックは、イエスの教えに忠実で「結婚しないでいられる人は、その方がいい」とあるように、イエスの教えに忠実な者は禁欲的修道生活を追求し、修道院があり、聖職者の妻帯は許されていません。

 「情欲を抱いて女を見る者は、心の中で姦淫した」とイエスはいい、厳しい禁欲の教えがあります。つまり、その禁欲を追求するのが聖なる修道生活であり、それができない人が世俗世界を作っているという考えです。

 イスラム教には聖俗の区分がなく、キリスト教ほど禁欲的でもありません。食欲も金銭欲も性欲も人間の欲望として肯定されており、これが実はイスラム教の人気の秘密の一つです。

 無論、欲望を満たす行為の無制限の容認は、人間社会に無秩序をもたらすためにルールを課すのがイスラム教です。妻以外の女性と性的関係を結べば石打ちの刑というのも人間社会の秩序を壊さないためのルールであり、男が女性の美にに弱いのでスカーフやブルカを着用させているといえます。

 つまり、ルールさえ守れば、その上で欲望を全開するのは自由です。砂漠で生まれた宗教ということもあり、砂漠で生き延びる知恵と決まりが豊富なのがイスラム教です。

 本来、キリスト教は聖俗を分けているくらいで、思いの世界で姦淫を犯しても罪というほど厳しいものがあったのですが、世俗は、カトリックでは毎週、告解すれば許されるというような信仰生活を送り、良心を失わないようにすることが求められているだけです。

 その一方で修道の地味な衣装で身を包み、一生独身を貫いてイエスに相対しようという聖職者がいるのがカトリックです。一方で修道生活で完全に純粋なものを追求しながら、一方で世俗の結婚で子孫を残すという歴史を綴ってきたわけです。

 宗教は人間の欲望をどう扱うかが教義の中心にあるテーマですが、イスラム教は禁欲的に見えて、実は教義的に欲望を肯定している側面もあるし、聖俗を分けていないことで聖が俗を見下すこともないところが勢力が衰えない理由のように見えます。

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