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 2018〜19年に米大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジョン・ボルトン氏が、「台湾を国家として認めるべき」という主張を米ウォールストリートジャーナル(WSJ)に寄稿しました。生粋の保守派らしい主張ですが、十分に中国を刺激する内容です。

 まず、ボルトン氏は「台湾にとって中国の脅威は、仮説ではなく現実だ。台湾の防空識別圏への、最近の中国軍機の侵入がそれを示している」と指摘し、中国政府の好戦的姿勢に対抗する有効な戦略について、台湾有事に対する米国の「戦略的あいまいさ」を排除する必要があると主張しています。

 その唯一の方法は「台湾の地位、インド太平洋政策の中で不可欠な台湾の位置付け、世界における台湾の経済的重要性などの明確化だが、台湾の安全保障の有効な戦略には米国と他の諸国による強い政治的支援が必要であり、そのためには「主権を有し自治を行う国であると認めることが、その第一歩だ」と主張しています。

 では、これまでの米国のスタンスはといえば、中国が主張する台湾を含む1つの中国を認めるもので、台湾を国家として認めたことはありません。トラン前政権は台湾に急接近した物の現状維持のスタンスは変えませんでした。

 大方の米国の対台湾外交への見方は、有事に発展しない程度に台湾に協力しながらも、中国が最も嫌がる台湾を国家として認めることはしない「曖昧戦略の継続」といえます。実は香港もそうだったのですが、欧米諸国の対中国戦略の基本的考えは長年、一党独裁の共産中国は崩壊するというものでした。

 その時に一気に自由と民主主義体制に移行するために香港と台湾の存在が大きいというスタンスで、支援してきました。人口の多い中国が無秩序に崩壊すれば世界への影響は大きいため、香港、台湾モデルを残しておくことが重要と考えられてきました。

 ところが欧米が描いた筋書き通りには行かず、気が付いたら、米国をしのぐ大国になり、中華思想の野望である世界支配に本腰を入れる状況になってしまったわけです。自由と民主主義、法による支配を普遍的価値とする欧米大国は、彼らの筋書き通りソ連帝国は崩壊したわけですが、中国は曖昧戦略が逆効果で、放置した結果、強大な龍になってしまったわけです。

 欧米と日本の投資により、国が豊かになれば、人は自然と自由を求めるようになり、富の極端な偏りも受け入れられず、結果的に一党独裁体制を捨てる時が来るという信念は、今の時点では完全に誤算に過ぎなかったといえます。

 世界の工場になることによって吸い上げた技術で、中国産ではなく中国企業製品が市場を席巻し、今最先端の自動車の電動化(EV化)では、トップを走っています。大量の温暖化ガスを排出しながら、なりふり構わない経済発展を遂げ、アメリカも中国の野望に気づくこともなく放置してきたのは事実です。つまり、欧米の人間観そのものが中国には当てはまらなかったということです。

 ボルトン氏は1972年の上海コミュニケで「台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国は一つしかなく、台湾は中国の一部だと考えていることを米国は認識する」、米国は「この見解に異論を唱えない」と記されていることが意味をなさなくなったと書いています。

 ここでボルトン氏が指摘している点で「支配」の解釈が大きなテーマです。ボルトン氏は上海コミュニケで「台湾は中国の一部」という意味を「支配」と解釈し、それも中央政府による完全支配と曲解していることを問題視しています。

 実は米国は欧州から逃げてきた人間によって人工的に作られた国で、国土の拡張には関心がありません。世界が同じ価値観を共有することについては普遍性という意味で信念を持っていますが、中国が考える支配は、支配することで全て自分の都合のいいようにルールを変えることの方に重きが置かれている点は決定的な違いです。

 国家主権という意味が強権支配を意味する中国の歴史は、支配するか支配されるかの歴史で、それは朝鮮半島に住む人々は同じ認識です。欧州大陸もそんな歴史を経験したわけですが、20世紀の2つの大戦を経験し、領土拡張という姿勢は今はありません。国家主権が担保される島国の日本も主権国家、領土保全という意識は希薄です。

 支配するかされるかの異常な強い意識を持つ中国では、米国が世界を支配し、米国の都合のいいように国境を定め、通貨を支配し、ルールを決めているとしか映っていません。南シナ海の島に強引に軍事基地を建設して批判されても、国際的に定められた領海線は「米国が勝手に引いたものだ」と主張しています。

 米国が自由と民主主義の価値観で世界秩序を保つといえば、中国は21世紀型の中国初の社会主義で世界の国々は繁栄すると主張します。米国は台湾を支配するつもりはありませんが、中国が価値観を押し付けてくれば話は別です。それをすでに国家安全維持法の適用で香港で実践しました。

 ボルトン氏の提案は、台湾を独立国家として認め、台湾、日本、韓国と米国で構成される「東アジアのクアッド(4カ国・地域の枠組み)」を創設し、「日本、インド、オーストラリアと米国で構成されている既存のクアッドを補完することだ」としています。

 「経済パートナーとしての台湾がどれほど重要なのかを理解している米国人はほとんどいない。特に台湾の半導体製造産業や、インド太平洋地域における台湾の強力な貿易上の結び付きに関する重要性を理解していない」とボルトン氏は指摘しています。

 実は欧州連合(EU)は最近、台湾に急接近し、半導体生産拠点誘致などビジネス関係強化にも動いています。原因の一つは中国が欧州を見下し、強硬姿勢を取っていることにある。「支配」というキーワードに米国以上に敏感な欧州は、中国の脅威を別の意味で察知しています。

 欧米の台湾バックアップが強化される中、日本はどうするつもりなのでしょうか。今までのように中国を刺激するのは得策ではないという自民党の外交スタンスを維持しようというのでしょうか。この問題は実は衆院選の重要なテーマで日本の今後を占う高度な判断が必要です。

 もし中国との交渉材料が少ないとすれば、欧米同様、台湾との関係強化に本格始動する必要があるでしょう。

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