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 今から約10年前、画家として40年間ニューヨークで活躍し、日本に帰ってきた故遊馬正画伯が「日本に帰ってきて、一番違和感を持つ嫌な言葉は、”生き残り”という言葉だった」と私にいったのは印象的でした。日本では「生き残りを懸けた戦い」とか「いかに生き残るか」という言葉は確かによく聞きます。

 日本では当たり前のように使われていますが、調べたことはありませんが、太平洋戦争の前には使われていなかった言葉ではと考えています。超ポジティブで「生き残り」ではなく、「成長」や「成功」に価値を置くアメリカから見れば、違和感を持つのは当然だろうと、その時思いました。

 ところが今、ハーバードビジネスレビュー(HBR)にも、コロナ禍後のニューノーマルの時代に「いかに生き残こるか」と考える経営者がいることが指摘されています。HBRは「生存志向ではなく、成長志向が大切」という論文を載せているくらいコロナ禍で弱気になって「生き残りを懸けた戦い」などと口走る経営者もいるということかもしれません。

 新型コロナウイルスが自然由来のものであれ、人間が研究室で人工的に作り出したものであれ、今度のパンデミックは、その恐ろしさを人類は経験しました。東日本大震災で家を流され、愛する人を失った人は「自然は侮れない」「安易に考えたことが間違いだった」という教訓をもとに厳しい災害に対処できるライフスタイルに変更されているといいます。

 変化をどう理解し、どうとらえるかは極めて重要な課題です。私は芸術と関わってきた経験から変化を最も早く察知し、その変化の中で新しいものを生み出し発展させてきた典型が優れた芸術家だと見ています。歴史に残る芸術家に流行を追った人間は一人もいません。それに彼らの試行錯誤は常人のレベルでもありません。

 19世紀末から20世紀初頭を飾ったエコール・ド・パリの時代の芸術家は、産業革命と科学が人間の生活を激変させる時代の変化の波を持ち前の敏感な感性で感じ取り、その大きな変化の主役となるべく新しいスタイル(印象派やキュビスム、シュルレアリスムなど)を模索しました。最初は冷たい目で見られながら、たとえ1割だったかもしれませんが巨匠として歴史に名を残しました。

 アメリカ・ニューヨークでは20世紀初頭、アメリカ近代写真の父と称された写真家、アルフレッド・スティーグリッツの周りに集まった、通称、スティーグリッツ・サークルのメンバーが戦後、芸術発信の中心地をパリからニューヨークに移すけん引役になりました。

 20世紀初頭、アメリカではヨーロッパ同様の産業革命と科学の台頭で、アメリカ人の根底の精神を支えてきた伝統的ピューリタニズムが揺らぎ、新たなアイデンティティが模索される時期で、それを感性の鋭い芸術家たちが敏感に感じ取り、スティーグリッツ・サークルができたといわれています。

 一方で変化をどう読むかも極めて重要です。科学と産業化は間違った方向として20世紀を戦争の世紀にしてしまいました。科学的根拠に欠ける宗教的信念は薄れ、同時にモラルや人道主義も薄らぐことで人類が今まで手にしたことのない武器での大量殺りくを始めました。

 よく「便利はリスク」といいますが、まさに20世紀のもたらした便利という文明は、20世紀には多くの人命を失わせ、21世紀にはうつ病や引きこもり、発達障害という文明病で人間の心を蝕んでいます。今また、コロナ禍が生むニューノーマルに直面し、生存ではなく成長だとすれば、よほどその変化の中身を慎重に吟味する必要があります。

 そして当然ながら、変化にどう対処するかです。過去の芸術家の例でいえば、受け身では何も生まれず、変化に飲み込まれて生存も危ういということです。変化に対する抵抗感は誰でもあるものですが、それよりカギを握るのは幸福の追求でしょう。

 便利だけが幸福をもたらすものではない一方、方向性さえ間違っていなければ、技術の発達が成長のカギを握っているのは確かです。私は南米のアマゾン奥地のインディオの村を訪ねた時、彼ら自身はプリミティブな生活をしているのですが、スマホを持っているのに驚かされました。

 村の村長の家にはソーラーパネルが設置され、村人はそこでスマホを充電していました。すでに近くに電波塔も立っていました。そのスマホのおかげで村人が病気になった時に迅速に医者を呼べるようになったとか、村を襲う盗賊の情報が入るようになったといっていました。

 これからは自然と共存しながら、テクノロジーは人類共存のために利用することが重視される時代です。そのためには柔軟性を持って環境に適応しながら、最終目標である幸福を追求することが鍵を握るといえます。それも個人だけの満足ではなく、全ての人が幸福になるための持続可能な発展がキーワードの時代です。

 ビジネス界でも組織は自律性、参加意識、リーダーシップを促進できる環境づくりが重要さを増すでしょう。かつて先見性を持った芸術家が活躍した時代の大前提は自由が保障され、自律性が100%発揮される環境があったからです。

 組織や変化にただ従う順応性ではなく、変化を自ら起こすようなリーダーシップとクリエティブなマインドを育てる環境が必要です。何度失敗しても立ち直れる組織や社会づくりが変化を成長に変えるということでしょう。

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