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 日本ではフランスは個人の自由と人権が大切にされる国とのイメージが強いのですが、実は大革命で勝ち取ったはずの自由や権利が彼らを苦しめてきたという話は、あまり聞かれません。しかし、30年に渡りフランスを見てきた日本人の一人として、この特殊な事情は書き留めておくべきだと思います。

 最近、マクロン仏大統領が新型コロナウイルス感染第4波への新たな対策として、医療・介護従事者のワクチン接種義務化とワクチン接種完了を証明する健康パスの適用範囲の拡大を打ち出しました。レストランやバーなど広い範囲で健康パスが必要になります。

 これには2つの反応が起き、健康パスがなければバカンスも楽しめないと思った人々がワクチン接種会場に詰め掛けた一方、自由を奪うなどの理由で政府の方針に反対する抗議デモも起きています。この2つの反応は、とてもフランス的というべきでしょう。

 一方ではバカンス第1の国の国民性として、ワクチン接種しなければバカンスを楽しめないという、いかにもフランス人らしい反応です。その一方で政府の打ち出す方針は国民の自由と選択の権利を奪うという理由で抗議行動を展開し、治安部隊と衝突するような抗議行動をとっていることです。

 バカンスを楽しんでいる人から見れば、抗議デモに参加する人々に対しては「ご苦労さんだね」という思いがある一方、抗議デモに参加している側は、まるで政府の方針に反対しない選択肢がないという構えで頑張っていますという雰囲気です。

 メディアは、いつものように抗議行動が派手なので、それを伝えるとフランス人はみんな政府の方針に反対しているように見えます。ところが実はマジョリティはバカンスに興じ、政府の方針は微調整さえすれば必要とか、それでも生ぬるいと指摘する人もいるくらいです。

 フランスの抗議行動は欧州でも特殊です。さすが命がけで専制君主制を終わらせ、権力者や既得権益者を引きずり降ろし、処刑すらした国の伝統ともいえます。特にBBCなど英国メディアは頻繁に起きる激しい抗議デモについて「英国では見ない光景」「フランスの風物詩」などといっています。

 警察官や消防士もデモやストライキを行うフランスでは、権力に対しては、何でも闘って勝ち取らなければならないという観念が強いのは事実です。「黙っていたら損をする」というわけです。

 政府は逆に抗議に慣れており、今回政府はドア・イン・ザ・フェイスという最初に相手が受け入れられないハードルの高い条件を出し、相手はそれを拒否するのに対して譲歩することで交渉を成立させる手法を使ったようにも見えてきます。

 事実、議会審議でも影響し、たとえば、レストランのテラス席、大型ショッピングセンターでの健康パス提示を免除し、導入時期も先送りしたりと、かなり譲歩して上院で採択されました。以前のマクロン政権だと妥協しようとはしませんでしたが、支持率が落ち、最近の地方選挙で与党は大敗し、来春に大統領選を控えていることもあり、柔軟な態度を見せています。

 それはともかく、個人の自由と権利を主張するフランス人は、果たして幸せかというと、長期バカンスやライフワークバランスの追求、抗議デモを見ていると、逆にストレスをため込んでいる実態が見えてきます。昔、フランスではバカンスに行けない家族が近所に知られたくなくて、家族でガレージ内で3週間を過ごす映画が製作され、共感を集めました。

 この家族が最も困ったのは、バカンス帰りを証明する日焼けでした。フランス人はバカンス先で小麦色に焼いた肌を職場復帰して自慢するのが慣例です。そのためにビーチに寝そべる人もいます。バカンスはステータスで、バカンスに行かない人は白い目で見られ、みじめです。

 ライフワークバランスを追求しているのも、実はステータスで、長時間労働は哀れに見られるため、働きたくても余裕を見せる必要があります。男性が子供の学校行事に参加する理由で会社を休むのも評価を上げます。自分が勤める会社はワークライフバランスを尊重する会社だと印象付けているわけですが、実は自分の評価は下がっていることを心配する人も少なくありません。

 デモに参加するのも社会正義追求に関与しているとか、政府に反対することが自分の価値を高めると考えるフランス人も少なくありません。世間体というのは日本人だけかと思ったら、実はフランス人も結構世間体を気にしている人もいることを、この30年間見てきました。

 個人の自由と権利の追求、社会への連帯を示す大革命の伝統は、実はそれらが欠落しているために追求する途上にあるともいえます。フランス人は、その理想と現実のギャップのために苦しみ、ストレスをため、なんとかそのストレスを解消するために長期バカンスに出かけているともいえます。

 あるフランス人は「バカンスに行かない自由がないのは矛盾だ」「もっと働きたいのに労働時間が制限され、収入も自由に得られないのもおかしい」といいます。音楽業界出身の作家ステファン・ガルニエ氏が2017年に著してベストセラーになった『猫はためらわずにノンと言う』では、フランス人はもっと猫のようなリラックスした生き方が必要だと指摘しています。

 「自由に考え、自由に行動する」というのが、この本の提案ですが、「え、フランス人はすでにそれを実践しているのではなかったのか」と思う意外性が話題になりました。

 権力=自分から自由を奪う存在という意識が強すぎて、何に対しても最初に「ノン」という習性は欧州でも有名です。フランス人の「ノン」は私から見れば自己主張というより保身と感じます。ところが保身も疲れます。猫は動物としての本能的保身とリラックスをうまく組み合わせながら生きているというわけです。

 日本人も社会的義務感でストレスを溜めていますが、実はフランス人も追及している価値観に違いはあってもストレスという身では同じといえそうです。「個人主義もつらい」というところでしょう。

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