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   伊藤若冲《蕪に双鶏図》(江戸時代)の部分

 今では天才絵師と呼ばれる伊藤若冲のパリでの「若冲ー<動植綵絵>を中心に」展が開催されたのは、2018年9月15日から10月14日のことでした。日仏友好160周年でフランスで開催された日本文化紹介行事「ジャポニスム 2018」の主要事業のひとつとしてパリのプティ・パレ美術館で開催されました。

 フランスで若冲展を開催するのは初めてのことでしたが、多くの来館者を集め、大成功でした。当時、美術時評を連載している私は、そのことを日本のメディアに書きました。今年はNHKの正月時代劇「ライジング若冲 天才 かく覚醒せり」も放映され、日本での若冲ブームも高まりそうです。

 個性溢れるユニークさが求められる今の時代にあって、若冲への注目は興味深いものがあります。それも個性といえば、変り者で集団に与せず、自己主張の強い人間をイメージしますが、実は若冲は個性とともに当時の職人文化の中で、師に学ぶ謙虚さがあったことに興味を惹かれるものがあります。

 実は若冲の時代、日本では絵師は芸術家ではなく、職人でした。とはいえ、美術は寺や武家屋敷から大衆の日常生活にまで定着していました。大衆文化としては江戸期に大量再生可能な版画の浮世絵が流行り、一方で寺の襖絵、床の間の掛け軸など絵は宗教的にも重要な役割を担っていたのも事実です。

 日本人の学習能力は世界的に見ても非常に高いものがあります。例えばフランスに進出した某大手日本企業の生産工場のコンサルをしたことがありますが、彼らの悩みは生産ラインで働くフランス人従業員がなかなか仕事を覚えられないことでした。

 日本人のライン管理の責任者は「日本なら、その辺の農家のおばさんを雇っても2週間もあれば覚えてくれることが、こちらでは3か月たってもまだ覚えられない」といったのを思い出します。私も大学で5か国以上の国籍の学生がクラスにいて、余興で折り紙を教えた際、すぐにマスターできる学生と、まったく無理な学生がいました。

 このことで民族的優劣を論じるつもりはありませんが、フランス人家庭で育てられた韓国から養子の学生が毎年、数人クラスにいましたが、彼らは共通して折り紙ができませんでした。

 その韓国の日本でいえば科学技術庁の長官を務めた人物の取材で「韓国の自動車を見てください。微妙にボンネットが波打っているでしょう。韓国人は日本から何か学ぶとすぐわかった気になってしまう」といいました。

 日本の士官学校出のその人物は「韓国人の学習能力はけっして高くはない。これが大きな課題です」といいました。だいぶ前の話なので、それから韓国はハイテク産業で飛躍的成長を遂げましたが、日本人の学習能力の高さは抜きんでているものがあります。

 東南アジアで技術指導に当たる日系自動車メーカーの経験豊富な人物が私にいったのは「まず教えてたことを教えたとおりにやること自体ができない。覚えたと思ったら、勝手に変更したりするので、いつも監視が必要だ」ということです。彼はアメリカでも同じ経験をしたそうです。

 日本人の学習能力の高さの理由の一つは職人文化にあります。職人は師に学びますが、師は簡単には教えようとしません。弟子は技術を師から盗みながら成長していくわけです。つまり、弟子は自分が一人前になるために自発的に学習しようとするわけです。

 そこに必要なのは貪欲なまでの技術習得への向上心ですが、同時に学び取ろうとする謙虚さが必要です。伊藤若冲は実は天才といわれ、奇人だったようにいわれますが、実はその謙虚さを備えていたことは多くの文献で立証されています。どんな天才的才能を与えられても謙虚さを持って学ぶ姿勢があったことは注目に値します。

 しかし、それは弟子のあり方であって、師の在り方は別です。本当は師にも謙虚さが必要ですが、権威主義に陥る危険性もあります。日本人駐在員が海外で日本で成功しているやり方を一方的に相手に押し付けて失敗した例は山のようにあります。

 同時にそんな人物は異文化に学ぶ姿勢がないため成長できません。ダイバーシティは自分の成長のチャンスなのに「自分は日本の高い技術を教えるために来た」という意識に支配され、相手に学ぶ姿勢がない場合が多いわけです。自分は実績を上げて帰国したつもりでいるのに、現地の従業員はうんざりしていたという話を彼らから聞くことも少なくありません。

 指導する側も謙虚さが必要だということですが、東洋人は人間崇拝、ポジション崇拝の権威主義に陥る傾向が強く、せっかく備わった高い学習能力を支える職人文化も持ちながら、相手から学ぶことはなく、あくまで上から目線で見てしまい、自分の成長の機会を逃す残念な状況が多く散見されます。

 ユニークな発想が求められる第3次産業革命といわれる今の時代にあって、実は自分の世界を大切にすることと同時に変化に適応するための高い学習能力も求められています。傲慢であれば新しいものは入ってきません。つまり、ユニークさと謙虚さの両方が必要だということです。

 若冲は超未来志向の絵師だったわけで、1000年先でないと私の絵は理解されないといっていましたが、その一方で職人文化で育った謙虚さを失わなかったことは極めて重要と思います。

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