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 私の母が18歳までいた中国は、議論を戦わせることが好きな国だったと子供の頃から聞かされてきました。無論、満州での話なので広い中国では多様な国民性もあると思いますが、路上で中国人同士の論戦が始まると人だかりができ、最後は勝敗を決めて終わるのが常だったといいます。けっして手を出すケンカはしなかったといっていました。

 理屈にこだわり、自己主張が強い中国人をまとめるのは容易なことではないはずです。文革の失敗で改革開放に舵を切った中国ですが、天安門事件から今日の香港支配強化の政府のやり方をみると、「もう中国は共産主義ではない」という人も多い中、言論統制には非常に敏感です。

 今でもNHKのニュースで中国共産党に都合の悪いニュースになると途端に画面は黒くなり、グーグルを追い出した中国では自由な検索はできず、中国政府が最も神経を尖らすのは言論です。日系企業が大挙して進出している中国ですが、外国人駐在員が最も注意すべきは言論の自由がないことです。

 この言論統制には宗教も大いに関係しています。昔日本でもキリスト教は天皇を中心とした国体を脅かすとして禁教令が出され、改宗しない者が処刑された歴史があります。言論に影響を与える宗教にも中国政府は神経質です。新疆ウイグル族の弾圧も分離主義への警戒感からです。

 いずれにせよ、香港の民主化議員を国安法に違反したとし解任し、民主活動家の周庭氏や黄之鋒氏ら3人は香港警察本部への抗議デモを巡り、無許可集会扇動罪などに問われ、司法の判決を末段階ですが保釈は認めませんでした。

 体制維持のための言論封殺は、左派のお家芸ですが、世界は今、リベラル派と保守派の分断が進み、リベラル派はリベラル派のメディアやSNSしか見ず、アメリカでは保守派もたとえば親トランプ派はリベラルメディアをフェイクニュースと批判し、リベラル派はトランプ攻撃に余念がありません。

 優勢が伝えられる民主党のバイデン氏は選挙期間中、何度も国の分断を終わらせると主張しましたが、負けを認めないトランプ氏に対しての批判を強める一方で、反トランプ陣営にトランプ嫌悪を蔓延らせていますが、その態度で大統領に就任後、国を一つにできるとは到底思えません。

 トランプ大統領の口汚い言い回しやメディア批判は確かに問題ですが、実はメディア不信はトランプ氏がもたらしたものではなく、もともとはリベラルメディアが議論を封殺したために起きた問題です。たとえば環境問題やLGDTについて、リベラル派の手法は議論させないことです。

 LGBTに対してさまざまな意見があってしかるべきですが、答えは一つしかないとして、たとえば同性婚の合法化に反対する勢力は邪悪というレッテルを貼り、ヒステリックに攻撃しています。公正な議論の場であるはずのメディアもSNSも最初の結論ありきで反対意見をのべれば恐ろしいバッシングに遭う状況です。

 最初に中国の例を書いたのは、今の自由主義国の中でも正常な議論ができない環境ができてしまい、トランプ氏がフェイクニュースと口をついて出るのも当然なほど、見えない言論統制が行われているようにしか見えません。保守系、リベラル系がはっきりしているアメリカなどは、本来、イシューごとに互いの違いと一致点を公正に議論する場があったのが、今はありません。

 これでは17世紀、18世紀のヨーロッパで始まった啓蒙運動をもう一度起こし、自由に意見をいい、議論する環境を取り戻さないと民主主義は危機に陥るしかない状況です。

 SNSの登場で既存メディアへの信用度はがた落ちになり、民主主義は大きく変容しているように見えますが、変わって登場した「共感」は、リベラルと保守に色分けを加速させているように見えます。共感するグループは共感しないグループとの正面からの議論を避け、嫌悪だけが拡がっています。

 これは事実を慎重に調べ上げ、公正さを持って情報を伝える既存メディアが民主主義を維持、成熟させるためにも再登場する必要がありますが、スポンサーがマーケティング優先でビジネスを行う企業なために「売れる情報」「売れない情報」に走っていく傾向があります。

 たとえば米ニュース専門TVのCNNは4年前の選挙で強烈にクリントン候補を後押し、クリントン氏敗北の後には反トランプを徹底することで視聴率を上げた経緯があります。これはトランプ特需といわれ、4年間は徹底してトランプ批判を展開し利益を上げてきました。

 こうなるとトランプ支持者はCNNを見ません。マーケティングとしてはターゲットを絞り込んだ差別化手法でビジネスとしては正しいというかもしれませんが、政治は違います。何がベターな選択かを常に議論する必要があり、少数意見でも有用なものはたくさんあります。

 その意味で一見、自由に自己主張ができる自由社会にも、議論させない共感だけを強要する風潮が蔓延っているように見えるのは私だけとは思えません。

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