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 アメリカだけでなく、世界中で分断が進んでいると指摘する識者は少なくありません。ところが分断の対立軸はさまざまです。イデオロギーや宗教の対立、貧富の差や人種対立、コミュニティー同士の対立など世界はグローバル化で共存状態が深化し、一つになれると期待したのとはま逆な状況です。

 アメリカの大統領選挙で興味深かったのは、4年前もそうでしたが、民主党側がトランプ支持者に対して「知的レベルの低い人たち」と非常に差別的だったことです。政治エリートを嫌う層がトランプ氏を支持したのだから当然ともいえますが、本来は差別を排除するのが民主党の重要な政治信条だったはずです。

 反トランプの米CNNは、4年前も今回もトランプ氏の集会に集まる支持者の中でも、スキンヘッドで体中にタトゥーを入れ、オートバイを乗り回す人間を意識指摘に放映し、まるで「こんな知性のない野蛮な連中が支持している候補者」といわんばかりな報道を繰り返しました。

 社会的弱者の味方のはずの民主党支持者に高学歴者、富裕層が少なくないのは皮肉なことです。自由と平等を掲げるアメリカでは教育は平等を担保する重要な要素です。血筋や恵まれた家庭に育たなくても高額な奨学金で高等教育が受けられ、誰でも上の階層に行けるというのは、フランスでも同じです。

 自分の社会的地位は、学歴と表裏一体をなし、それを得る機会は平等で公正という建てつけです。つまり、個人の努力で階層を移動できるという建前です。勝負の好きなアメリカでは健全な価値観ですが、では、知的能力だけでなく芸術、スポーツなど特殊な能力を持たない人間はどうなるかといえば、社会の底辺で生きていくしかないのがアメリカです。

 白人であろうが黒人であろうが、努力しても結果を得られない人間は社会の影で敗者として生きていくしかありません。そんな彼らも製造業の工場で働けたのが、中国に生産拠点が移り、職もなくなった所に登場したのがトランプ大統領でした。

 皮肉にも黒人のオバマ前大統領はハーバード出の政治エリートで、彼は貧困層を救えず、政権末期は黒人が暴動を繰り返す始末でした。今回、副大統領になる可能性がある南アジア系、ジャマイカ系のカマラ・ハリス氏は親の代からのエリートで、有色人種の女性という点を除けば、マイノリティーや貧困層には共感できるものはありません。

 もう一つ、これはフランスでも似た現象が起きているのが、知性と信仰の対立です。民主党がトランプ支持者を軽蔑する理由の一つに宗教があります。理性的で実力のある人間にリベラルな考えの持ち主が多いのは、宗教は能力のない弱い人間が頼るものだという見方もあるからです。

 宗教は非科学的であり、科学を信じる者は信仰の縛りをナンセンスと考えがちです。特に宗教がもたらす厳しい規範(祈りと礼拝を守る、婚前交渉の禁止、中絶禁止、同性愛禁止、家族第1主義など)を拒否するのが、欧米のリベラル勢力です。つまり従来の宗教的規範を拒否した自由と平等の標榜です。

 実は欧米社会を読み解く時、この視点は重要です。日本の識者はアメリカ社会の多様化と経済格差を分断の主要な原因と見る味方が強く、自分の生活の改善が候補者選びの中心と見ているようですが、実は一神教の人たちにとっては世界観は極めて身近で重要なテーマです。

 なぜなら、宗教は人間の幸福の中心にある欲望と密接に関係しており、宗教的規範を嫌うリベラル派は、その欲望の扱い方が大きく異なるからです。リベラル派は多様性を強調することで、どんな欲望も肯定する立場ですが、宗教的保守派は欲望を信仰で抑制しているわけです。

 日本では「価値観の多様化」という言葉が、1970年代後半から盛んに使われましたが、世界観を規定する一神教徒ではない多神教の日本では、多様化に価値観という言葉が安易に使われていますが、価値観は通常、善悪を表し、善悪が多様化することは考えにくいことです。

 人を傷つけること、人の物を盗むこと、嘘をつき人を騙すことに多様性はありません。ところが中絶や同性愛は宗教的規範やモラルが絡む問題で、多くの宗教は否定しています。一神教でいえば神の前に正しい者であるかという問題で、被害者さえ出なければ問題ないという考えです。

 しかし、これは生き方の問題なので、生き方が合わない者同士には対立が起きる問題です。宗教的保守派に言わせれば、LGBTの人を嫌悪するとリベラル派から差別と批判され、言論を封殺しようとするのに、リベラル派は保守派が大切にする生活規範を批判しても問題視されません。

 そうなると保守派はますます、心を硬化させ、オバマ政権以降は宗教保守は、科学的根拠のないくだらないことを信じ、知性も能力もない野蛮な人間と差別される始末です。そこに分断の根の深さがあるといわざるを得ません。

 アメリカは信仰理念にもとづいて作られた希有な国なので、日本人が考える以上に一般のアメリカ市民にとって世界観は重要です。多様性の名のもとに消えていくような分断とはいえないでしょう。

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