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 英政府が9日、昨年10月に欧州連合(EU)と締結したEU離脱協定に反する国内市場法案を議会に提出したことを受け、EUは法的措置も辞さない構えで大きな騒ぎになっています。さらには北アイルランド和平協定を危険に晒すとしてアメリカ議会も米英貿易協定に署名しないと警告を発しました。

 今回、英政府が議会に提出した国内市場法案は、離脱移行期間の終了後、離脱協定で定められた北アイルランドに関する議定書の一部を無効とする条項を含むものです。合意されている離脱協定では、アイルランドと北アイルランドの間で国境がなく自由に往来している現状を維持するため、年末の移行期間終了後も北アイルランドをEU単一市場にとどめる条項が存在します。

 結果として北アイルランドと海を隔てる英本土の間では離脱後、異なった税制やルールが課されるため一定の検査や手続きが必要となる見通しです。2016年の国民投票後の離脱交渉で、北アイルランド問題は交渉を長引かせた最も難しい問題でした。離脱強硬派は、北アイルランドを貿易ルールで分離する案は、一つの英国の原則を脅かすとして、反対していた内容です。

 とはいえ、北アイルランドとアイルランドの間に国境を設け、関税を巡る煩雑な手続きを生じさせれば流通は滞り、経済的ダメージが大きいだけでなく、北アイルランド和平協定(ベルファスト合意)を危険に晒すとして、アメリカは懸念を表明し、結果的に国境検問は設けず、北アイルランドだけはEU単一市場にとどまりながら、離脱後にさらなる検討を定期的に重ねることで合意していました。

 ところが、ジョンソン英首相は、離脱協定にある英・EU間の貿易協定が成立しない場合に発効するモノの移動に関するルール、企業に対する国家補助の取り決めを、英政府が一方的に無効化する権限も含まれた法案を提出しました。その権限には国際法に反しても適用されるべきと明記されています。

 これに呆れたEU側は、欧州委員会のフォンデアライエン委員長が「国際法に反するのみならず、信頼の喪失につながる」とツイッターに投稿しました。EU側は離脱協定の修正を試みれば自由貿易協定(FTA)は実現しないだけでなく、交渉を巡る混迷がさらに深まると不快感を示しました。

 法案を提出したジョンソン英首相は、離脱協定の北アイルランドに関する条項について「極端、あるいは不合理な解釈から英国を守る法的安全網」と英下院の答弁で説明しましたが、年末までに合意をめざす通商交渉に悪影響を与えるのは必至です。

 これを深読みすれば、現在、貿易協定の最終交渉プロセスにある中、英国側は英国に有利に貿易協定を締結するため、EUを脅しているともいえそうです。それで思い出すのは、昨年9月、離脱協定で紛糾する英議会を強引に閉会し、議論を封殺しようとしたことです。

 ジョンソン氏の目論見は最高裁判所の判決で違法とされ、結果的に公約していた10月31日の離脱は今年1月31日に持ち越されました。自分の思うようにならないと、最後は超法規的行動に出る癖があるともいえそうです。同時にEUに対する疑心暗鬼がありすぎるのかもしれません。

 ジョンソン首相は「英国の統一を維持すると同時に、ベルファスト合意を守ることが私の仕事」とした上で、「北アイルランドと英本土の間に国境線が引かれるような事態から英国を守る安全措置が必要」と訴えています。

 この揉め事に英国の後ろから米国のペロシ下院議長が参戦し、英政府の提出した国内市場法案について、トランプ政権が英国と締結をめざす自由貿易協定について、北アイルランド紛争の和平合意(ベルファスト合意)を危険にさらすのであれば、米英貿易協定が議会を通過する可能性はない」と警告しました。

 トランプ氏はジョンソン氏にEUからの合意なき離脱でも強硬離脱を支持し、米英貿易協定で英国経済は上向くとしていますが、トランプ政権と鋭く対立する民主党のボスであるペロシ女史は、これには反対です。アメリカの大統領選も絡んだジョンソン氏の国際法無視の法案はどうなるのでしょうか。

 問題は、政策を推し進めるために民主的な手続きを無視し、国際法に違反することも辞さない態度が、どこかののし上がった自称、経済大国の態度に似ていることです。議会制民主主義発祥の地である英国は、大英帝国の時代から遵法意識に欠ける同じような強引な行動を繰り返してきました。

 中国批判に舵を切っている欧州ですが、正式な協議で自分のヴィジョンに合わない結果になると、契約やルールを強引にねじ曲げようとするのは文明国のあり方とはいえません。それに離脱後もEUと共存・共栄しようという態度とはほど遠い傲慢な態度です。大英帝国の妄想に囚われたパラノイアともいえそうです。

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