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 トルコがシリア北部のクルド勢力支配地域、ラアス・アルアインとタル・アブヤドへの爆撃や砲撃を行ったことで世界に衝撃が走っています。トランプ米大統領は足元の共和党からも、イスラム過激派のイスラム国(IS)掃討作戦で戦ってくれた友人を見殺しにするのかと厳しい批判に晒されています。トルコへの制裁も検討中といいますが、実行するかは不明です。

 そんな中、IS掃討の有志連合の一角をなすフランスのルドリアン外相は10日、仏国営TVフランス2のニュース番組で「トルコの攻撃はすべての国の安全保障を脅かす危険な行為だ」と非難し、「ISは根絶などしていない」「ISに再び台頭する機会を与えることになる」との認識を示しました。

 表向きアメリカは、この5年間でシリアやイラクのISの支配地域を制圧し、ISは力を失ったとの見解を示しています。そのためトルコ国境からもアメリカ軍の撤退を決め、ISの残党はリビアなどの他の地域に移動し、完全に力を失ったような見方が拡がっています。

 ルドリアン外相の発言は、その見方を完全の否定する発言で、ISは再び力を盛り返し、失った支配地域を取り返す機会を伺っているというメッセージでした。トルコ軍の今回の空爆や砲撃で、すでに民間人にも死者が出ており、シリアの北東部のクルド勢力の支配地域では約64,000人の市民が退避を初めていると報じられています。

 何世紀にも渡り、クルド人と戦ってきたトルコにしてみれば、シリア内戦でトルコ国境に近いシリア側にクルド勢力が支配する地域ができていることを見過ごすわけにはいかないということです。しかし、トルコは、ISと戦うために30カ国以上が参加して設立された有志連合「反イスラム国連合」にも入っています。

 実際、2015年に発生したシリア、イラクからの100万人を超える大量難民が欧州に向かう中、受入れの限界に達した欧州連合(EU)はトルコと欧州の国境を封鎖し、現在、360万人の難民をトルコは預かっています。しかし、様々な勢力の利害関係が衝突する同地域では、IS掃討では協力したとしても、それ以外では互いに敵対関係にある非常に複雑な事情を抱えています。 

 トルコによる今回の攻撃で懸念されることは、クルド勢力が同地域で捕虜として収容する、確認されているだけで12,000人のIS戦闘員たちです。クルド側は収容所の一つが空爆を受けたとしており、戦闘員が空爆や砲撃の混乱の中で収容所から逃げ出す可能性が浮上しています。

 アメリカ軍は、特に危険とされる2人の英国人テロリストを含む数十人の捕虜を別の場所(イラクと見られる)に移送したと報じられています。実際、収容所には約800人の欧州出身者がいるといわれ、フランス国籍者の割合は多く、60人は非常に危険なフランス人戦闘員だとされています。

 フランスを含むEUは、彼ら捕虜の本国への移送を拒止しており、テロリストはテロを行った地域で裁かれるべきとの立場をとっています。ただ、トルコの空爆で収容所から逃げ出す戦闘員が出てきた場合、彼らが何らかの形で欧州に逃げ帰り、再びテロを実行する可能性も棄てきれないと見られています。

 ルドリアン外相は「トルコのクルド人勢力支配地域への攻撃で、5年間の有志連合の努力は水の泡になる可能性がある」とし「ISは収容所や地下に潜伏しながら、再び勢力を盛り返すのを待っている」との認識を示しました。そのため、今年1月以降行われていない反イスラム国連合の会合の緊急開催を呼び掛けたことを明らかにしました。

 フランスのマクロン大統領を含め、EUはトルコ政府に対して、できるだけ早く攻撃に終止符を打つよう要請していますが、トルコのエルドアン大統領は強く反発しています。同大統領はトルコとEUの国境を開放し、同国内にいる360万人の難民を欧州に解き放つとまでいっています。

 まずいことに難民をトルコに留め置くために払うとEUが約束した難民支援金60億ドルの半分しか支払われていないことです。そのため、エルドアンとしては強硬手段を崩さないことで、残りの30億ドルを受け取る方が得策と判断している可能性もあります。

 イスラム過激派のテロに悩まされてきたフランスは、ISがシリア領の過半数を制圧した2015年に、フランス国内で1月には風刺週刊紙シャルリ・エブドー編集部襲撃テロが発生し、11月には死者130人を出す戦後最悪のパリ同時多発テロが発生するなど、ISに直接悩まされてきた経緯があります。

 ルドリアン外相は国防相も歴任しており、IS は根絶などしていないとの見方には重みがあります。今回のトルコ軍の攻撃に加わった民兵の中には、ISに近い戦闘員も加わっていることが報じられており、周辺国の安全は極端に脅かされています。

 このままトランプ政権は見て見ぬふりを続けるのか、国内外の批判に答え、何らかのアクションを起こすは不明です。トランプ氏はトルコとクルドの仲介役を買って出てもいいと言い出していますが、アメリカ軍撤退を決めてしまった今、何ができるのか、トルコ領土にもクルド軍が放ったミサイルが着弾しており、緊張が高まっています。

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