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 人間の知識や処理能力が人工知能(AI)に取って代わろうとする時代が到来する中、経営の世界でもクリエイティブな能力が世界的に注目されています。クリエイティブといえば、アートがその代表格ですが、先進国、途上国を問わず、日常にアートが身近な国、そうでない国があるのも事実です。

 文化大国というイメージが世界的に定着しているフランスと30年以上関わり、フランスを中心に欧米のみならず、アジアやアフリカのアートの動向をウォッチしてきた私は、同時にアートが日常生活やビジネスとどう関わっているかにも注目してきました。

 たとえば、フランス人のみならず、多くの外国人芸術家を世界に輩出してきたフランスには、芸術を生み出す土壌があったといえます。それは芸術家の創作意欲をかきたてる豊かな自然と創作活動を保障する自由な環境があり、同時に彼らが作り出す作品を鑑賞し、楽しみ、評価する人々や市場の存在があるということです。

 加えて多様な文化が共存することも重要です。また、芸術は優劣を競う差別的教養主義ではなく、実際に日常に欠かすことができない人間を豊かにする必要不可欠なものとして存在するという考えが一般的です。

 長い文明歴史を持つヨーロッパは、エジプト・ローマの時代から芸術は権力者の力の誇示、市民の信仰の強化など、王侯貴族から一般市民までアートは日常生活に欠かせないものだったことが理解できます。特に宗教と芸術の関係は非常に重視され、イスラム世界にも繊細で完成度の高い装飾美術が残されています。

 日本は鎖国していた江戸時代、庶民の中に浮世絵や歌舞伎が日常生活に溶け込んでいました。床の間に美術工芸品を飾り、愛でる生活は鎌倉時代に遡ります。貴族の高尚な美術品蒐集から大衆の粋の世界までアートは日常に広まっていた時代がありました。

 AI時代に入り、一時はサイエンス崇拝、大量生産大量消費社会の中で軽視されてきたアートが、再び脚光を浴びています。それもビジネス・エリートたちが、予測不能な激変するグローバルなビジネス環境の中で、重要な意思決定を行なう際に、従来の理性や論理を重視するサイエンスの世界だけに頼るのではなく、「感性」や「直感」を導入する考えが浮上しているわけです。

 サイエンス至上主義を超えたポストモダン的考えは、若者を中心に1970年代後半から急浮上しましたが、それはSFの世界やテレビドラマ、映画、アニメに拡がりました。しかし、ビジネス界は合理性、論理性、数値に裏付けられた科学性が圧倒的に支配し、理系が文系を圧倒してきました。

 しかし本来、自然科学で教えられる数学は人文科学で教えられる哲学と密接な関係にあり、工学部で教えられる建築も本来は芸術として欧米では扱われてきた領域です。

 アートは本来、サイエンス脳で処理されるものではなく、同時に膨大な知識から生れるものでもありません。さらに自分のアイデンティティがしっかりしていなければ、クリエイティブにはなれません。美を感じる感性に知的能力は関係ありません。

 ただ、勘違いされがちなのは、アートと自意識の関係です。芸術が職人文化と密接な関係にあった西洋美術は、19世紀後半から独立した個人が自由に自分の世界を表現する「芸術家」という新しい概念に変貌しました。そのためアートというと個性的で自己主張の強いイメージがありますが、それはアートへの誤解です。

 アートが脚光を浴び、ビジネスにも役立つと考えられるようになったのは、長年、私が考え続けたことと繋がります。ただ、アートには環境が必要であり、環境整備のヴィジョンが必要です。フランスのトロートマン元文化相は「文化財とそのサービスは、人々のアイデンティティと社会的絆を守るための特別な機能を持つ」と述べ、文化政策の価値を強調しました。

 フランスの文化政策に費やされる予算は、総国家予算の0.9%に相当し(日本は0.13%)、文化の力への視点の違いは明白です。同時に男中心、日本人中心という多様性のない日本のビジネス環境もアートの視点からは問題です。

 それとアートに象徴される感性や直感には単なる美意識だけでなく、倫理的側面もあります。アートが宗教と近い所以ですが、良心の啓発にも繋がるもので、リーダーの不祥事を回避する効果もあるという話です。

 豊かさの追求とアートの世界は表裏一体といってもいいすぎではありません。それも単なる一過性の刺激を求めるものではなく、永続的な喜びと共感をもたらすものが求められています。

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