最近、高度な技術を持つ某日系企業が中国進出が仇となり、倒産に追い込まれたニュースが流れました。原因は中国当局から生産拠点の移転を迫られ、移転先をめぐってトラブルに巻き込まれ、その間に会社倒産の風評が広がり、従業員によるストライキ等で彼らへの多額の経済保証金が発生し、想定外の資金的負担と生産体制の混乱で巨額の赤字に陥ったことだとされています。

 いわゆる「中国リスク」に陥った例です。高い技術で定評があり競争力もあったその企業は、発注元の関連メーカーが次々に生産拠点を中国に移す中、24年前に中国進出を果たし、2000年には日本の生産拠点を完全にたたみ、中国生産に一本化していたそうです。

 リスクマネジメントの観点から見れば、リスクの分散がされていなかったことが失敗の原因の一つともいえる例です。同じような事例は少なからずあり、中国経済が減速する中、中国政府の目まぐるしい方針転換により、今後、さらに増えることも予想されます。

 実は生産コストを下げることで競争力を強化するための海外進出には、多くの落とし穴が潜んでいます。たとえば、労働コストは大幅に下がっても、日本と同じ品質の生産を進出先で確立するためには社員教育や生産体制の確率、ナショナルスタッフの定着率を高めるためなどに多大なエネルギーを費やすことに追われ、生産性向上にまで意識がいかなくなるケースもあります。

 日本国内で高い労働コストのために効率化や生産性の向上に注力してきた日本企業の中には、海外進出で発生する別の課題処理に追われ、結果的に全体としての企業力を弱体化させてしまうケースもあるという話です。基礎体力のある大企業は何とか資金的に持ちこたえられたとしても中小には生死につながりかねない高いリスクになる可能性もあるということです。

 上記は進出先のビジネス環境の変化への対応で労務管理リスクに見舞われた例ですが、その他にも日本では考えられない部品や会社資金の横流し、技術の漏洩などの不正行為、為替リスク、商習慣や法律への無知が引き起こすリスク、資材調達や輸送に関するリスク、さらには自然災害やテロ、クーデターなどのカントリーリスクなど枚挙に暇がありません。

 実際に邦人が殺害されるテロ事件がアルジェリアやバングラデシュで近年起きており、さらには駐在員の健康被害は深刻で中国および途上国では、信じられない話と思うかもしれませんが、毎月のように駐在員の死者も出ているのが現状です。

Global risk management 1

 最近、日本企業の中には、グローバル人材育成に対して事前教育を行う意味を見いだせず、海外に送り出すケースが増えています。原因の一つは、たとえばグローバル研修の場合、効果や習得内容の定着を見える化しにくいため、費用対効果に疑問が生じていることが挙げられます。

 研修する側も、海外業務経験のある講師の場合は、その経験が古すぎて今の現実には会わなかったり、語る内容に昔ながらの精神論が多く、時代に合わなくなっていることも考えられます。逆に学者などの専門家は、ビジネス経験がないために観念的になりやすく、効果が見られず、結果として何もしないまま現地に送り込んでも大丈夫ではと考える企業が増えている可能性もあります。

 しかし、それは大きな間違いといえます。なぜなら、海外で直面するリスクは日本の常識の想定以上のものがあり、十分な知識とリスクへの備えがなければ命取りになりかねないからです。それにリスクマネジメントの基本は「被害の大小を左右するのは8割が備えにある」からです。

 つまり、相手国の政治経済状況、商習慣、治安状況、宗教事情、衛生状態、インフラ整備、ビジネス環境などを事前に十分理解しておくことと、実際にリスクマネジメントを行えるスキルを習得しておくことは必須事項です。大企業でさえ、現地のトラブルで相談を受け、僣越ながら「そんなことも知らずに仕事をしていたのか」と驚かされる例も少なくありません。

 実はリスクマネジメントは、今まだ起きていない危機に対して行う性質のものなので、その必要性を実感しにくいものです。しかし、起きてしまえば命取りになりかねません。海外でのリスクは日本国内の何十倍もあり、そのリスクへの十分な知識と万全な備えは絶対的に必要なものです。

 私は何度も危機に陥った日系進出企業を見てきました。その多くは、リスク回避や軽減のためのマニュアルづくりなどを怠ったことで起きています。実際、東日本大震災で起きた原発事故へのフランスの対応は見事でした。ちょうど東京にいたフランス人妻を通じて、その対応をつぶさに知ることになりました。

 地震と原発事故によるリスクの把握、評価検討を迅速行い、準備していたカントリーリスクマニュアルに従い、原発施設から何キロ以内にいるフランス人への避難警告、1日4回以上の在日フランス人への状況を伝えるメール送信、軍用機を飛ばして子供や高齢者から本国へ移送する対処など、日頃のフランス人からは想像できない迅速な対応に驚かされました。

 行けば何とかなるというのは、現地を知らない傲慢さからくるものだと私は思っています。よく聞くのは「彼らは非常に優秀だから。何があっても適切に対処できますよ」という送り出す側のコメントです。また、行く本人も「なんとか対処できますよ」という人は少なくありません。

 グローバル人材育成にはリスクマネジメントスキルは必須であり、それは事前の備えを意味します。ただ、このスキルは危機が起きた時に効果を明確に確認できるので、無駄に思えば何もしません。しかし、日頃から健康管理をしっかり行い、大病しないように健康を保つことを心がけることと同じで、必要不可欠なものだと認識すべきです。

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