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 人類史上最大規模と言われるノルマンディー上陸作戦(Dデー)は、遠くに住む日本人でも知られています。何本もの映画が製作され、第2次世界大戦の欧州での終結に繋がった大作戦でした。状況は違いますが、日本は沖縄以外は本土への上陸作戦が行われる前に広島と長崎に原爆が投下され、昭和天皇が戦争の継続を断念したわけですが、そうでなければ鹿児島や宮崎に上陸したかもしれません。

 実は今回、ノルマンディー上陸作戦75周年の記念式典が行われたオマハビーチは、何度も個人的に訪れている場所です。最初に訪れたのは1986年5月でした。オマハビーチの空は快晴で積雲が浮かび、どこまでも続く美しい海岸線には、上陸用舟艇の残骸が残され、波をかぶっていました。

 上陸作戦最大の激戦地であるオマハビーチでは4,000人ともいわれる犠牲者を出したのが嘘のような穏やかな海岸線が広がっています。ヒトラーが豪語した海浜要塞群「大西洋の壁」は未完成だったとはいえ、頑強な要塞が築かれ、今もその残骸が水平線を眺める丘の上に残されています。

 ヒトラーの要塞はノルマンディーからブルターニュ地方に広がり、ブルターニュ半島の突端、今は仏軍の軍港になっているブレストで見たヒトラーが築いたコンクリートの要塞の壁は、厚さが7メートル近くあって度肝を抜かれたことを今も覚えています。

 最近訪れたノルマンディー南部、モンサンミッシェルにも近いリゾート地グランビルにも、ドイツ軍の第三帝国のトーチカが残されていました。リンゴ栽培で有名なノルマンディーが、上陸作戦だけでなく、バイキングの襲来、英仏100年戦争の舞台でもあったことは後から知りました。

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  グランビルに残されたドイツ軍が築いた要塞

 このオマハビーチでのトランプ米大統領の6日の演説は、奇跡を起こしたと言わざるを得ません。その状況について、米ウォールストリートジャーナリル(WSJ)は社説の冒頭で、

「あり得ないことが6日に起きた。ドナルド・トランプ米大統領が欧州で演説し、拍手喝采を浴びたのだ。トランプ氏を批判してきた人々からさえもだ。Dデー75周年記念日に同氏が行った演説は感動的なものであり、個人的かつ政治的な不和を抱えている中でも、欧米諸国の同盟の価値について教訓をもたらすものになった」と書きました。

 実際、実況中継していたCNNでさえ、日ごろはネガティブなコメントしかしないジャーナリストたちが、今回が最後と言われる90歳半ば以上のDデーに従軍した退役軍人を前に語ったトランプ氏の演説を称賛しました。欧州メディアも自国第1主義のイメージしかないトランプ氏の口から発せられた言葉に戸惑いながらもポジティブに報じていました。

 諸説はありますが、オマハビーチの作戦はヒトラーの鉄壁に「生卵をぶつける」ような無謀な作戦だったともいわれます。しかし、トランプ氏は「「彼らは地獄の砲火の中を、どんな兵器でも破壊できない力に突き動かされて走った。その力とは、自由で誇り高く、主権を持つ人々の熱い愛国心だった」と語りました。

 多くの戦友をオマハビーチで失った退役の老兵たちに向かって、戦友たちの死は犬死ではなく「支配のために戦ったのではなく、自由と民主主義と自治のために戦ったのだ」と高貴な価値を付与し、称賛したのです。それは、かつて大西洋を挟んで共有していた価値観の確認であり、今もそのための戦いに命を懸けることは厭わないという姿勢を鮮明にしたものでした。

 WSJは「ナショナリズムは必ずしも自由主義的価値観の敵ではない」と書きました。そのことは今回、ヨーロッパ人にも伝わったかもしれません。現実的にはロシアの脅威を前にヨーロッパは今でもアメリカに頼るしかなく、アメリカ第1主義を掲げるトランプ氏に対してジャーナリストの一人が今回、「同じような状況なら、アメリカは参戦するのか」との問いに「もちろんだ」と答えたことに安堵したかもしれません。

 無論、トランプ氏の演説を最も喜んだのは参加した老兵たちだったことは間違いありません。戦争は最大限回避すべきだが、自分たちが信じる自由と民主主義という普遍的価値観を守るための戦いは躊躇しないという姿勢は、アメリカの正義であり、ナショナリズムと矛盾しないということです。

 ドイツ軍が残したトーチカの上に立って快晴の素晴らしいオマハビーチを眺めると、その海が老兵の証言にあるように真っ赤に染まった悲劇は想像さえできません。しかし、その惨劇はいつまでも語り継がれるべきでしょうし、それも何のための戦いだったのかという意味を問い続けるビーチであり続けてほしいと思います。

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