happiness

 次の元号を勝手に考えた私は「幸延」「幸栄」「幸久」という案を心に秘めていました。元号予想を行った日本人は少なくなかったでしょう。昭和天皇が崩御した30年前、皇居のそばの平河町の事務所にいた当時を思い出すと、今回ほど次の元号を予想する雰囲気はありませんでした。昭和天皇の存在があまりにも大きかったこともあったでしょう。

 今回は生きた平成天皇が退位されて元号が変わるということもあり、崩御が伴っていないので元号予想に気軽感もありました。私が幸の字にこだわったのは、今から17年前に『ニッポンの構造改革 日本の再生なるか』(財界通信社)という本を書いた時と、考えが変わっていないからです。

 最近、亡くなった堺屋太一さんが拙書の推薦文を書いてくださり、当時、何回かこのテーマで講演を依頼され、話したことがありますが、今も考え方の本質は変わっていません。無論、幸の字を使うことには抵抗もあります。それは宗教団体がよく使う言葉で宗教臭さが難点ですが、意味から攻めてみました。

 幸には、幸(みゆき)と読み、天子・天皇が出かけることをさす言葉から、運がよいという意味まで対象は幅広く、「海の幸」のように自然の「恵み」を指す場合もあります。いずれにせよ、最終的には人間の満足感を表す言葉です。

 最近、「日本ならではのテクノロジー」という言葉が聞かれますが、たとえば、ソニーのウォークマンが世界を席巻した時、ソニーに対して「日本ならでは高度なテクノロジーを小さな箱に詰め込んだ」という言い方がされました。しかし、もともとの発想は、多くの若者が音楽を楽しんでいることに気づいた故盛田昭夫氏にあったといわれています。

 その盛田昭夫氏は「市場があるのではなく、自ら市場は作るものだ」ともいいました。新しい製品を生み出すには優れたテクノロジーは不可欠ですが、最も大事なのは、こんな製品があったら世界の人が喜ぶ、満足するという幸せ感を提供することです。つまり、ハードからソフトが生れるのではなく、ソフトがハードを牽引するということです。

 しかし、職人文化の日本は、手段が目的化しやすいくハードにばかり目がいって、ソフト面では家電製品のように「便利さ」だけが、キーワードになってしまっている感があります。この20年間くらいは、ソフトの重要性が指摘され続けていますが、日本から画期的の製品といえば、ゲーム機くらいです。

 私は日本が次の一手を打って発展していくためには、個人も集団も幸福を追求する人生観を主軸に置くことと、その追求の足かせになっているネガティブ要素を取り除くことだと考えています。そのネガティブ要素の一つは、日本が大切にしてきた精神に忍び寄る下僕の精神です。

 下僕には2つの意味があり、いい意味では謙虚に仕え奉仕する、ために生きるという意味がありますが、2つ目は奴隷精神に繋がる人間以下の精神です。2つ目は形の上では従順に従いながら、心の中では何を思っているかは別というもので、人間らしさを支える情は無視され、人間扱いされないというものです。

 最近、話題になるパワハラ問題で、加害者は「人を育てるためにやったことで、その動機が伝わらなかったのは残念」などといいますが、被害者は「傷ついただけ」という場合が多いのが実情です。恐怖で人を育てるという考え方は、日本の歴史に深く流れていますが、恐怖を与える側に身勝手な怒りの感情が含まれていることは、長年、無視されてきました。

 なぜなら、人間関係が主従関係という主人と下僕の関係で、主人も下僕も心は軽視されているからです。商人の世界の主人を支える番頭の忠誠心、大名に仕える武士の命懸けの忠心は長年美化されてきましたが、美徳の本質は、そこに心があったことでした。それを人情などと呼びました。

 逆に悪い意味での心のない主従関係は、情のない非人間的なもので、特に下僕が幸福を追求するなどありえません。また、その権利さえ認められていません。組織の中では本音を隠し、押さえ込むという事態になるのは、私心を持ち込まないといえば響きはいいのですが、実は人格否定に繋がったりしている状態も散見されます。

 「人生は修行」などといいながら、イエスマンを育てる結果を生んだりしているのが、下僕精神です。この精神に潜む非人間的要素は、幸福追求の足かせです。ここでいう幸福とは、喜びや満足を意味し、それもけっして個人だけのものにとどまりません。東日本大震災の被災地ボランティアをした人たちは、人が感謝してくれたことに喜びと満足があったわけですが、これも幸福です。

 単に便利をもたらすテクノロジーは、幸福のほんの1部でしかないということです。世界中の人々が幸福を感じる新しいツールを生み出すことが最重要なキーワードだと思います。幸福を軸としたソフト面を発展させるビジネスモデルがなければ、日本は再度注目されることはないと私は考えています。