Yoshihide_Suga_Reiwa

 新元号「令和」が発表され、昭和に次いで「和」の字が用いられたことに驚きを感じた日本人は少なくなかったようです。私もその一人でした。理由は単純に平成の一つ前という近さで同じ漢字が用いられたからです。同時に日本の「和の精神」の重要さが再度強調されたものだと多くの国民が感じたはずです。

 聞くところによると、日本の保守層に属する安倍晋三首相が、日本の伝統的精神といわれる和の重要性を常日頃、強調しているそうです。安倍氏は対中外交で「誠実さは相手に伝わる」と繰り返し述べていますが、和と誠は日本人が大切にしてきた精神文化であることは確かです。日本は自称「大和」とも呼ばれたくらいです。

 実は安倍首相の父、安倍晋太郎氏が外務大臣の時に、私は外務大臣室で某月刊誌のインタビューに立ち合ったことがあります。その時、父、晋太郎氏は「これまで日本の政界は政争に明け暮れてきた。これを終わらせないといけない」といったことを鮮明に覚えています。父親もまた、和することを好んだ政治家でした。

 和の精神は、どこから来たのかという研究は優れた学者たちが行っていますが、その一つが日本人が農耕民族で、共同作業が常に必要な農業の歴史を持っているからだという指摘です。共同作業は同じ獲物を争って奪い合う狩猟民族にはないもので、争っていたら皆が結果を得られないというわけです。

 さらに農耕民族は定着型なので、同じ土地で常に同じメンバーが争っていては秩序も平和も保てず、生存できない事情もありました。無論、戦前までは地主制度があったり、江戸時代までは大名のための農業という側面もあり、生存だけでなく、目的のために和が保たれていた面もあります。

 もう一つは「礼はこれ和を用うるを貴しと為す」など論語の影響や、個性よりも無私を強調する仏教に求める指摘もあります。そのため和を重視するあまり、本音を抑えて建前で生きる慣習が身につき、自己主張は集団の秩序を乱すとして嫌われ、「長いものに巻かれろ」的な超消極的精神が生れたのも事実です。

 この長年、和する訓練を積み上げてきた日本独特な精神は、今でも組織文化に大きな影響を与え、企業のマネジメントを支えています。では、グローバル化が進む中、異文化を持つ人々が協業する状況が増える中、和の精神はどのように残っていくのでしょうか。

 たとえば和の精神の形成に影響したといわれる農業は、土地を耕し、水を引いて、種をまき、長い期間、天候や害虫と戦いながら育て、刈り入れする全てのプロセスで共同作業が必要です。争いは農業にとって大きな妨げです。個性も必要ありません。

 しかし、儒教の「礼はこれ和を用うるを貴しと為す」にあるように、和は目標達成の方法論でもあり、到達点でもあります。つまり和している状態は到達点であると同時に、達成する目標があるということで、手段が目的化しやすい日本で和そのものが目的化するのは主客転倒だということです。

 交響楽でいえば、全ての演奏者の調和をもった響き合いで素晴らしい演奏が実現するわけですが、和そのものが目的ではなく、最高のパフォーマンスを出すために必要不可欠な手段として調和があるわけです。日本の和の精神を普遍化するためには、和は必要不可欠であると同時に、和することがある目標を達成するのに繋がる有効な手段と私は考えています。

 和を優先させる弊害は、低い次元で妥協してしまう可能性があることです。不正を行う組織で和が強調されても仕方がありません。間違ったことは間違いと指摘する個人の意見も必要ですし、最高のパフォーマンスを出すための個性的意見も尊重されるべきです。

 問題は自己主張や個性重視に忍び寄るエゴイズムです。これを排除するために自己主張を悪とする考えもありますが、それは別の話です。つまり、自分だけが得をしたいという考えそのものが間違っているのであり、それはリーダーを含め、常に言動の動機をチェックする必要があるだけの話です。

 和だけが強調されても、いい結果をもたらすわけではなく、その集団の目的や目標達成の方法論が正しいことが、さらに重要ということです。