フランス人の本音は「とにかく働きたくない」 年金改革の抵抗は今後、精鋭化する可能性も
抗議デモを伝えるル・パリジアン紙
年金改革で騒乱が続くフランスで、一体何が起きているのか。大都市がゴミの山と化し、町をネズミが駆けずり周り、抗議デモが絶えないフランスはどうなっていくのか。議会で過半数を持たないマクロン政権は求心力を失い、政権運営は危機に瀕しているようにも見えるが、どう乗り越えていくのか。
62歳だった年金受給開始年齢を64歳に引き上げることを骨子とした年金改革は、少子高齢化が進み、年金制度を支える年金保険支払い者の現象で、選択の余地はないとマクロン大統領は説明する。しかし、一旦勝ち取った既得権益は死んでも手放さないという精神のフランスでの改革は非常に難しい。
政府は最後は憲法49条3項を発動し、強引に改革法案を可決し成立させた。反発した野党は9回目の抗議行動で挫折し、議会の審議という民主主義の手続きを軽視して法案が成立したことに抗議し、議会で非難動議がなされたが、わずか9票で否決され、次は野党・右派の国民連合が政府への不信任案を出す予定。
そもそも49.3条とは何か。国家国民にとって安全保障上の緊急事態や国民生活に重大な影響を与える事案などで、議会での十分な審議を経ずして政府が法案を可決・成立させることができるという憲法がフランスには存在する。当然、民主的手続きを踏まないために民主主義を骨抜きにする条項と批判され、政府は余程のことがないと決行しない。
実は退職年齢を巡っては、元凶といわれる左派のミッテラン政権が1982年に60歳に引き下げて以来、何度も引き上げようとして、過去にはサルコジ政権がようやく62歳に引き上げた経緯がある。性善説を信じる日本人なら、政府の説明に科学的根拠があれば、最初から反対ありきの野党はともかく、理性的に受け止め、フランスのような猛反対はしない。
しかし、性悪説のフランスでは政府の説明を容易に受け入れない。国家予算がどう使われているかに疑いの目を向ける国民は多い。計算上、年金に充てる国庫がひっ迫しているといっても信じない。限りなく個人や組織の欲望を追求する資本主義を疑問視するフランス人は、権力者に常に好戦的だ。
とはいえ、良識て国民は少なくないので、政府に言い分に理解を示す国民も少なくない。週末以外のデモやストライキに参加すれば、その日の給料は受け取れない。結果的に単身者は関係ないが、家族を持つ世帯のデモ参加率は多いとはいえない。
今後はどうなっていくのか。法案は法的には承認されたが、マクロン、ボルヌ政権への不満は過去になく高まっているので、求心力を失ったマクロン氏は同改革案の正当性を証明するため憲法評議会にかけるとしている。与党や与党寄りの政党代表との話し合いを続けるとしている。
一方、野党は法案が成立しても抗議行動を続けることを宣言している。とはいえ、参加者は確実に減るだろうから、抗議行動は精鋭化する可能性は高い。事実、山積みされたゴミへの放火も始まっている。改革を支持した議員の事務所も襲われたりしている。
先週、抗議デモに参加した1人が「政府はわれわれを死ぬまで働かせる気だ」と語気を強めた。フランス人の平均寿命は80が続くフランスで、一体何が起きているのか。大都市がゴミの山と化し、町をネズミが駆けずり周り、抗議デモが絶えないフランスはどうなっていくのか。議会で過半数を持たないマクロン政権は求心力を失い、政権運営は危機に瀕しているようにも見えるが、どう乗り越えていくのか。
年金改革で騒乱が続くフランスで、一体何が起きているのか。大都市がゴミの山と化し、町をネズミが駆けずり周り、抗議デモが絶えないフランスはどうなっていくのか。議会で過半数を持たないマクロン政権は求心力を失い、政権運営は危機に瀕しているようにも見えるが、どう乗り越えていくのか。
62歳だった年金受給開始年齢を64歳に引き上げることを骨子とした年金改革は、少子高齢化が進み、年金制度を支える年金保険支払い者の現象で、選択の余地はないとマクロン大統領は説明する。しかし、一旦勝ち取った既得権益は死んでも手放さないという精神のフランスでの改革は非常に難しい。
政府は最後は憲法49条3項を発動し、強引に改革法案を可決し成立させた。反発した野党は9回目の抗議行動で挫折し、議会の審議という民主主義の手続きを軽視して法案が成立したことに抗議し、議会で非難動議がなされたが、わずか9票で否決され、次は野党・右派の国民連合が政府への不信任案を出す予定。
そもそも49.3条とは何か。国家国民にとって安全保障上の緊急事態や国民生活に重大な影響を与える事案などで、議会での十分な審議を経ずして政府が法案を可決・成立させることができるという憲法がフランスには存在する。当然、民主的手続きを踏まないために民主主義を骨抜きにする条項と批判され、政府は余程のことがないと決行しない。
実は退職年齢を巡っては、元凶といわれる左派のミッテラン政権が1982年に60歳に引き下げて以来、何度も引き上げようとして、過去にはサルコジ政権がようやく62歳に引き上げた経緯がある。性善説を信じる日本人なら、政府の説明に科学的根拠があれば、最初から反対ありきの野党はともかく、理性的に受け止め、フランスのような猛反対はしない。
しかし、性悪説のフランスでは政府の説明を容易に受け入れない。国家予算がどう使われているかに疑いの目を向ける国民は多い。計算上、年金に充てる国庫がひっ迫しているといっても信じない。限りなく個人や組織の欲望を追求する資本主義を疑問視するフランス人は、権力者に常に好戦的だ。
とはいえ、良識て国民は少なくないので、政府に言い分に理解を示す国民も少なくない。週末以外のデモやストライキに参加すれば、その日の給料は受け取れない。結果的に単身者は関係ないが、家族を持つ世帯のデモ参加率は多いとはいえない。
今後はどうなっていくのか。法案は法的には承認されたが、マクロン、ボルヌ政権への不満は過去になく高まっているので、求心力を失ったマクロン氏は同改革案の正当性を証明するため憲法評議会にかけるとしている。与党や与党寄りの政党代表との話し合いを続けるとしている。
一方、野党は法案が成立しても抗議行動を続けることを宣言している。とはいえ、参加者は確実に減るだろうから、抗議行動は精鋭化する可能性は高い。事実、山積みされたゴミへの放火も始まっている。改革を支持した議員の事務所も襲われたりしている。
先週、抗議デモに参加した1人が「政府はわれわれを死ぬまで働かせる気だ」と語気を強めた。フランス人の平均寿命は80が続くフランスで、一体何が起きているのか。大都市がゴミの山と化し、町をネズミが駆けずり周り、抗議デモが絶えないフランスはどうなっていくのか。議会で過半数を持たないマクロン政権は求心力を失い、政権運営は危機に瀕しているようにも見えるが、どう乗り越えていくのか。
62歳だった年金受給開始年齢を64歳に引き上げることを骨子として年金改革は、少子高齢化が進み、年金制度を支える年金保険支払い者の現象で、選択の余地はないとマクロン大統領は説明する。しかし、一旦勝ち取った既得権益は死んでも手放さないという精神のフランスでの改革は非常に難しい。
政府は最後は憲法49条3項を発動し、強引に改革法案を可決し成立させた。反発した野党は9回目の抗議行動で挫折し、議会の審議という民主主義の手続きを軽視して法案が成立したことに抗議し、議会で非難動議がなされたが、わずか9票で否決され、次は野党・右派の国民連合が政府への不信任案を出す予定。
そもそも49.3条とは何か。国家国民にとって安全保障上の緊急事態や国民生活に重大な影響を与える事案などで、議会での十分な審議を経ずして政府が法案を可決・成立させることができるという憲法がフランスには存在する。当然、民主的手続きを踏まないために民主主義を骨抜きにする条項と批判され、政府は余程のことがないと決行しない。
実は退職年齢を巡っては、元凶といわれる左派のミッテラン政権が1982年に60歳に引き下げて以来、何度も引き上げようとして、過去にはサルコジ政権がようやく62歳に引き上げた経緯がある。性善説を信じる日本人なら、政府の説明に科学的根拠があれば、最初から反対ありきの野党はともかく、理性的に受け止め、フランスのような猛反対はしない。
しかし、性悪説のフランスでは政府の説明を容易に受け入れない。国家予算がどう使われているかに疑いの目を向ける国民は多い。計算上、年金に充てる国庫がひっ迫しているといっても信じない。限りなく個人や組織の欲望を追求する資本主義を疑問視する国民は、権力者に常に好戦的だ。
とはいえ、良識て国民は少なくないので、政府に言い分に理解を示す国民も少なくない。週末以外のデモやストライキに参加すれば、その日の給料は受け取れない。結果的に単身者は関係ないが、家族を持つ世帯のデモ参加率は多いとはいえない。
今後はどうなっていくのか。法案は法的には承認されたが、マクロン、ボルヌ政権への不満は過去になく高まっているので、求心力を失ったマクロン氏は同改革案の正当性を憲法評議会にかけるとしている。与党や与党寄りの政党代表との話し合いを続けることを表明した。
一方、野党は法案が成立しても抗議行動を続けることを宣言した。とはいえ、参加者は確実に減るだろうから、抗議行動は精鋭化する可能性は高い。事実、山積みされたゴミへの放火も始まっている。改革を支持した議員の事務所も襲われたりしている。
先週、抗議デモに参加した1人が「政府はわれわれを死ぬまで働かせる気だ」と語気を強めた。フランス人の平均寿命は80歳、「とにかく働きたくない」フランス人は、働く年齢が1年でも延びることは死刑宣告でも受けたような騒ぎとなる。
ダ・ヴィンチの母に新説 できすぎた物語かもしれないが、巨匠の謎に興味は尽きない
「モナリザ」の作者であり、イタリア・ルネサンスを象徴する巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチの母、カテリーナはコーカサス地方から連れてこられた奴隷だったという新説が、このほどルネッサンス研究で知られるナポリ東洋大学のカルロ・ヴェッチェ教授から発表されました。
同教授の主張に従えば、ダ・ヴィンチは純粋なイタリア人ではなく、半分はコーカサス地方の血が混じっていたことになります。数百年に1人しか生まれない天才、ダヴィンチは画家だけでなく、科学者であり、人体解剖学者であり、さまざまな実験を繰
り返した驚くべき足跡を残しました。
著名なダ・ヴィンチ研究者のヴェッチェ氏は、長年、古い文献などを解読し、最終的にフィレンツェ公文書館で貴重な資料を発見した結果、今月14日にフィレンツェにて自身の小説の発表に合わせ、「天才ダ・ヴィンチの母親はコーカサス地方から連れてこられたチェルケス人奴隷だった」と主張しました。
これまで一般的にはダ・ヴィンチの母親は、イタリア・トスカーナの農民で公証人の男との間に生まれた非摘出子とされていました。個人的興味から、そのヴィンチ村に行ったこともあります。彼の生まれた家も残され(本当かどうかは分からない」、美しいトスカーナの自然が村周辺に広がっていました。
美しい自然が広がるヴィンチ村
これまで一般的にはダ・ヴィンチの母親は、イタリア・トスカーナの農民で公証人の男との間に生まれた非摘出子とされていました。個人的興味から、そのヴィンチ村に行ったこともあります。彼の生まれた家も残され(本当かどうかは分からない」、美しいトスカーナの自然が村周辺に広がっていました。
美しい自然が広がるヴィンチ村
同教授によれば、「彼女は出身国であるコーカサス山脈から誘拐され、コンスタンティノープル、そしてヴェニスで何度か奴隷として売られ、転売された女性で、最終的に若い公証人、ピエロ・ダ・ヴィンチに出会い、ヴィンチ村でダ・ヴィンチを出産したというのです。
ダ・ヴィンチは叔父に可愛がられ、自然を科学的に見る目が養われたといわれています。その後、父によって、ヴィンチ村から芸術豊かな大都会フィレンツェに移動させられ、絵を学び、巨匠となったわけですが、母親の話は途切れています。
ダ・ヴィンチは叔父に可愛がられ、自然を科学的に見る目が養われたといわれています。その後、父によって、ヴィンチ村から芸術豊かな大都会フィレンツェに移動させられ、絵を学び、巨匠となったわけですが、母親の話は途切れています。
今回、ダ・ヴィンチの母に関する本を出版したヴェッチェ氏は、レオナルドに関連するすべての資料を何年も追跡し、ダ・ヴィンチの父親、ピエロ・ダ・ヴィンチが1452年に書き残した貴重な文書に遭遇したとしています。
「最も重要なことは、レオナルドの父が直接書いた文書だということ」と述べ、母、カテリーナは、ダ・ヴィンチの父親と出会い、恋をすることで、女として自由を得たとしています。
「最も重要なことは、レオナルドの父が直接書いた文書だということ」と述べ、母、カテリーナは、ダ・ヴィンチの父親と出会い、恋をすることで、女として自由を得たとしています。
この主張で、従来の説であるダ・ヴィンチは、ピエロ・ダ・ヴィンチが農夫の女と関係して生まれた非摘出子との説が覆されるかどうかは不明です。ヨーロッパでは農夫や家政婦との不倫は一般的で、多くは生まれた子供も母親も認知されず、悲惨な運命を辿る例が多いのですが、万能の天才とされたダ・ヴィンチは認知され、叔父にも愛されたということです。
ヴェッチェ教授の新説ができすぎているという指摘は、周りの研究者から出ているし、その女性が自由を得たという文脈は、現代の文脈による勝手な解釈かも知れません。身分制度が徹底していた当時の社会では、ありえなかったかもしれません。
しかし、ダ・ヴィンチが自分の出生を知っていたことが、芸術家としての人生に大きな影響を与えたことは否定できないでしょう。それも、もしコーカサス地方の血が入っていたとなれば、なおさらです。時はルネッサンス期から宗教改革が起きる大きな社会変化が生じた時期です。
そろそろ自由という概念が出てきても、おかしくない時代背景もあります。それに異なった血が混じることで、優れた人間が生まれるという例にもなります。確認のしようがない話ですが、ダ・ヴィンチの遺骨からDNAが検出されれば、コーカサス地方のDNAが発見されるかもしれません。
2019年暮れ、ルーヴル美術館で開催された史上最大規模の「ダ・ヴィンチ展」には、なんと3か月で100万人が訪れる記録を残しました。クリエーターであり、科学者で解剖学者、兵器の設計までこなした天才の足跡は、AIやビッグデータの時代に人間に残された芸術と科学を体現した人物として興味が尽きないものがあります。
ヴェッチェ教授の新説ができすぎているという指摘は、周りの研究者から出ているし、その女性が自由を得たという文脈は、現代の文脈による勝手な解釈かも知れません。身分制度が徹底していた当時の社会では、ありえなかったかもしれません。
しかし、ダ・ヴィンチが自分の出生を知っていたことが、芸術家としての人生に大きな影響を与えたことは否定できないでしょう。それも、もしコーカサス地方の血が入っていたとなれば、なおさらです。時はルネッサンス期から宗教改革が起きる大きな社会変化が生じた時期です。
そろそろ自由という概念が出てきても、おかしくない時代背景もあります。それに異なった血が混じることで、優れた人間が生まれるという例にもなります。確認のしようがない話ですが、ダ・ヴィンチの遺骨からDNAが検出されれば、コーカサス地方のDNAが発見されるかもしれません。
2019年暮れ、ルーヴル美術館で開催された史上最大規模の「ダ・ヴィンチ展」には、なんと3か月で100万人が訪れる記録を残しました。クリエーターであり、科学者で解剖学者、兵器の設計までこなした天才の足跡は、AIやビッグデータの時代に人間に残された芸術と科学を体現した人物として興味が尽きないものがあります。
臭いパリでも年金改革抗議に理解 ごみ山積みで悪臭漂うパリで外国人観光客が減らない理由
パリはごみの山 France 3/France Bleuホームページよりc Maxppp - Delphine Goldsztejn
政府が退職年齢を62歳から64歳に引き上げる年金改革を推し進める中、抗議運動は収まる様子がない。今月15日には8日目に突入した抗議デモは、法案が成立しても継続すると反対派は息巻いている。そんな中、ごみ収集業界はストライキに加わり、パリでは12日時点でパリ市の発表で6,000トン近くのごみが回収されず、全国で毎日、路上にゴミが積みあがっている。
結果、そのごみの山から異臭が発っせられ、町中が悪臭に包まれている。パリの有名レストランは公共サービスによるごみ収集を諦め、民間業者に自分の店が出す毎日のごみを回収しに来てもらっている段階に入った。ところが近くのレストランや店が密かにそのレストランにごみを運び、回収の恩恵にあずかろうとして喧嘩になったりしている。
資金のない南仏のレストランは、ごみを冷凍庫で保管している店もあるそうだ。こうなるとコロナ禍前に、あと一方で外国人旅行者が年間1億人に迫っていたフランスとしては、観光大国復活に水を差すという懸念が業界から上がっておかしくない状況だが、そうでもないらしい。
パリの凱旋門近くのレストランの店主は「フランスでは2015年には大規模なテロがあり、2018年に黄色いベスト運動が始まり、毎週末、デモで街が荒れた。そこにコロナ禍に襲われて外出禁止措置も取られた。それを持ち堪えてきたわれわれには耐性ができている」と語る。
パリ市観光局は、この事態でもパリを訪れる観光客は減っていないことを明らかにした。さらにイタリアのミラノで同じ事態になって数か月を過ごしたが、観光客は減らなかった例を挙げている。日本に住んだことのあるフランス人の友人は「日本みたいに町がピカピカな国ならともかく、ヨーロッパでは汚いのが普通だ」といっている。
興味深いのは、フランスの各テレビ局がパリに来た外国人観光客にインタビューしているが、「ハネムーンが台無し」というドイツ人カップルもいる一方、「年金改革に抗議するのは理解できる」「フランス人がそこまで働きたくないというのも立派な考え」と理解を示す英国人もいる。
その英国ではコロナ禍になって、健康問題や働くことへのモチベーションが下がり、50代で早期退職する人が続出し、人手不足が深刻になっている。ヨーロッパでは今、働くことの価値を疑問視する声はあちこちで聞かれる。社会保障が整備されていることでの余裕も感じるが、フランスでレストランがフル稼働になっても働いてくれる人がいなくてあちこちで悲鳴が上がっている。
働くことが人生になっている日本人からすれば理解不能だが、そもそも働くことが人生の中心にないフランス人は、できるだけ短く働いて、できるだけ豊かな生活を送りたいわけだから、年金支給年齢引き上げは受け入れ難いということだ。
そもそも多くのパリジアンは、コロナ禍で田舎に移動し、悪臭漂うパリにはいない。いるのは鼻をつまみながら観光する外国人旅行客ということになる。パリ市内で仕事をし、パリ郊外に住む姪っ子夫婦は最近、臭くて汚いパリを抜け出し、モーリシャスに10日間のバカンスに出かけた。
政府が退職年齢を62歳から64歳に引き上げる年金改革を推し進める中、抗議運動は収まる様子がない。今月15日には8日目に突入した抗議デモは、法案が成立しても継続すると反対派は息巻いている。そんな中、ごみ収集業界はストライキに加わり、パリでは12日時点でパリ市の発表で6,000トン近くのごみが回収されず、全国で毎日、路上にゴミが積みあがっている。
結果、そのごみの山から異臭が発っせられ、町中が悪臭に包まれている。パリの有名レストランは公共サービスによるごみ収集を諦め、民間業者に自分の店が出す毎日のごみを回収しに来てもらっている段階に入った。ところが近くのレストランや店が密かにそのレストランにごみを運び、回収の恩恵にあずかろうとして喧嘩になったりしている。
資金のない南仏のレストランは、ごみを冷凍庫で保管している店もあるそうだ。こうなるとコロナ禍前に、あと一方で外国人旅行者が年間1億人に迫っていたフランスとしては、観光大国復活に水を差すという懸念が業界から上がっておかしくない状況だが、そうでもないらしい。
パリの凱旋門近くのレストランの店主は「フランスでは2015年には大規模なテロがあり、2018年に黄色いベスト運動が始まり、毎週末、デモで街が荒れた。そこにコロナ禍に襲われて外出禁止措置も取られた。それを持ち堪えてきたわれわれには耐性ができている」と語る。
パリ市観光局は、この事態でもパリを訪れる観光客は減っていないことを明らかにした。さらにイタリアのミラノで同じ事態になって数か月を過ごしたが、観光客は減らなかった例を挙げている。日本に住んだことのあるフランス人の友人は「日本みたいに町がピカピカな国ならともかく、ヨーロッパでは汚いのが普通だ」といっている。
興味深いのは、フランスの各テレビ局がパリに来た外国人観光客にインタビューしているが、「ハネムーンが台無し」というドイツ人カップルもいる一方、「年金改革に抗議するのは理解できる」「フランス人がそこまで働きたくないというのも立派な考え」と理解を示す英国人もいる。
その英国ではコロナ禍になって、健康問題や働くことへのモチベーションが下がり、50代で早期退職する人が続出し、人手不足が深刻になっている。ヨーロッパでは今、働くことの価値を疑問視する声はあちこちで聞かれる。社会保障が整備されていることでの余裕も感じるが、フランスでレストランがフル稼働になっても働いてくれる人がいなくてあちこちで悲鳴が上がっている。
働くことが人生になっている日本人からすれば理解不能だが、そもそも働くことが人生の中心にないフランス人は、できるだけ短く働いて、できるだけ豊かな生活を送りたいわけだから、年金支給年齢引き上げは受け入れ難いということだ。
そもそも多くのパリジアンは、コロナ禍で田舎に移動し、悪臭漂うパリにはいない。いるのは鼻をつまみながら観光する外国人旅行客ということになる。パリ市内で仕事をし、パリ郊外に住む姪っ子夫婦は最近、臭くて汚いパリを抜け出し、モーリシャスに10日間のバカンスに出かけた。
KIMONO展への複雑な思い なぜ、モード美術館でなくケブランリー美術館なのか?
フランスでは今、エッフェル塔近くのケブランリー美術館で日本の着物を扱った「KIMONO展」が昨年11月から今年5月まで開催されています。そもそもはロンドンの工芸品、装飾品に強いヴィクトリア&アルバート博物館が所蔵する着物、装飾品、浮世絵など200点を展示し、江戸時代から現代に至る着物の変遷をたどる企画展が流れてきたものです。
展示物には日欧交易が生んだ着物もあり、スコットランドの政治家が所有していた江戸時代に作られた部屋着は、色が鮮やかだったり、紋章が飾りのようにつけられていたり、西洋人の女性のシルエットに合わせたデザインになっているのは、今の時代にも通じそうです。
日本の着物は、その見事な柄が西洋人を長い間魅了してきました。とはいえ服装は生活様式や文化に直結したもので、機能性や快適さが求められる現代社会では、ヨーロッパ中世から18世紀にかけての服装同様、日常生活には適していないのも事実です。
同展は、着物が文化や地理的な隔たりを越えて、400年近くに渡って世界のドレススタイルに影響を及ぼしてきたことを知る機会になっているのも興味深いところです。それは美術の世界では明治維新以降、日本の浮世絵や琳派がヨーロッパでジャポニスムを巻き起こし、印象派を初め、近代絵画に決定的影響を与えたことに比類することかもしれません。
ただ、英国では産業革命期に表面化した製品のデザイン性の低さから、公衆の「趣味」を教育によって啓蒙し高める目的で作られたヴィクトリア&アルバート博物館は、KIMONO展にうってつけですが、西洋以外のエスニック美術品を集めたケブランリー美術館で開催されているのには大いに違和感を感じます。
同美術館はアジア、アフリカ、中南米などのエスニック文化に関心を持つシラク元仏大統領が主導してできた美術館ですが、いかにもシラク氏の上から目線のエスニック趣味がにじみ出た美術館で、美術といってもプリミティブな民芸品の山です。つまり、文明化が遅れた地域の芸術とはいえない儀礼用、日用品などの品々が並べられています。
現代美術の観点からエスニック美術のヒントになることもありますが、あくまで非文明的なプリミティブな世界で、それを西洋美術が結集し、町自体が西洋芸術の花といわれるパリで見るのも不思議です。
パリにはガリエラ・モード美術館があり、フランスの服飾文化を体系的に鑑賞することができます。着物が400年にもわたって西洋モード界に影響をあたえてきたというなら、KIMONO展はこの美術館で実施すべきでしょう。
ヨーロッパのファッションの専門家たちは、着物は他の非ヨーロッパ衣服のどれよりもグローバルファッションに強い影響を発揮してきたと指摘しています。着物の強みは体のシルエットの影響を受けない事ともいわれています。
現代にも生きる着物が過去のプリミティブな遺物が大量に展示されるケブランリー美術館で展示されることに違和感を持つのは私だけでしょうか。
同展は、着物が文化や地理的な隔たりを越えて、400年近くに渡って世界のドレススタイルに影響を及ぼしてきたことを知る機会になっているのも興味深いところです。それは美術の世界では明治維新以降、日本の浮世絵や琳派がヨーロッパでジャポニスムを巻き起こし、印象派を初め、近代絵画に決定的影響を与えたことに比類することかもしれません。
ただ、英国では産業革命期に表面化した製品のデザイン性の低さから、公衆の「趣味」を教育によって啓蒙し高める目的で作られたヴィクトリア&アルバート博物館は、KIMONO展にうってつけですが、西洋以外のエスニック美術品を集めたケブランリー美術館で開催されているのには大いに違和感を感じます。
同美術館はアジア、アフリカ、中南米などのエスニック文化に関心を持つシラク元仏大統領が主導してできた美術館ですが、いかにもシラク氏の上から目線のエスニック趣味がにじみ出た美術館で、美術といってもプリミティブな民芸品の山です。つまり、文明化が遅れた地域の芸術とはいえない儀礼用、日用品などの品々が並べられています。
現代美術の観点からエスニック美術のヒントになることもありますが、あくまで非文明的なプリミティブな世界で、それを西洋美術が結集し、町自体が西洋芸術の花といわれるパリで見るのも不思議です。
パリにはガリエラ・モード美術館があり、フランスの服飾文化を体系的に鑑賞することができます。着物が400年にもわたって西洋モード界に影響をあたえてきたというなら、KIMONO展はこの美術館で実施すべきでしょう。
ヨーロッパのファッションの専門家たちは、着物は他の非ヨーロッパ衣服のどれよりもグローバルファッションに強い影響を発揮してきたと指摘しています。着物の強みは体のシルエットの影響を受けない事ともいわれています。
現代にも生きる着物が過去のプリミティブな遺物が大量に展示されるケブランリー美術館で展示されることに違和感を持つのは私だけでしょうか。
シリコンバレー銀行破綻の衝撃 コロナ禍の悪影響が本格化する今年は世界にとって大きな試練
そもそも新型コロナウイルスの経済に与える本格的影響は2年から3年遅れで表面化すると経済アナリストたちはいっていました。米シリコンバレー銀行(SVB)の経営破綻は、それを象徴する出来事といえそうです。イエレン米財務長官は12日、銀行システムの残りの部分への伝染を防ぐことが課題だと述べました。
これまで世界経済をけん引してきたITハイテク業界で、スタートアップ企業を支えてきたはずのSVBの破綻は、想定外であるともに、他の金融機関だけでなく、ハイテク業界そのものにダメージを与える可能性があります。さらにはアメリカが夢中になっている対中経済戦争でアメリカの弱体化もささやかれているのが心配です。
当然ながら、バイデン政権にとっても痛手で、民主党寄りのリベラルなIT大手の混乱は政治的混乱に発展する可能性も秘めています。金融アナリストたちは、SVBや、同じく破綻の憂き目にあるシルバーゲート銀行について、米連邦準備制度理事会(FRB)の金利引き上げの影響を指摘しています。
インフレ抑制には正しい政策だとしても、金利引き上げによる国債金利の変動が金融機関に与える影響は深刻です。それでも堅実な製造業などを相手にする銀行は、影響は最小限かも知れませんが、景気動向に影響を受けやすいハイテク業界、暗号資産業界は、新型コロナウイルスがもたらした1時的景気浮揚とその後の落ち込みなどに影響を受けやすいのは事実です。
破綻した2行は、これらの業界をターゲットにしていました。シルバーゲート銀行は、実際の普及や持続的な収益にまだ時間が必要な暗号資産業界に特化していた銀行で、花形金融機関とも見られていましたが、コロカ禍で活況を呈した時期もあった一方、業界全体は低迷しています。
そうなると暗号資産業界否定論者は、ますます語気を強めるのでしょうが、問題はそんなに単純ではなく、今回露呈した問題は、金融の構造的問題に起因していると見られ、リセットが必要なのは確かです。新たなストレステストともいえます。
大統領選で共和党の指名獲得を目指す元国連大使のニッキー・ヘイリー氏は「納税者は絶対にSVBをベイルアウトするべきではない」との声明を出しました。事態収拾にバイデン政権が失敗すれば、確実に次期大統領選に響いてくる問題です。
いずれにせよ、一方でコロナ禍後の景気浮揚に期待感が高まる中、致命的欠陥が露呈し、表舞台から消えていく企業は今年、次々に出てきそうです。日本でも足腰の弱い中小企業だけでなく、大企業も財務状況の徹底的見直しやデジタル化への本腰を入れた切り替え、ダイバーシティ経営に切り替えることを怠れば、深刻な事態に陥る可能性は否定できないともいえます。
リーマンショックの時のように「銀行や預金者救済に公的資金を大規模に注入しない」とイエレン米財務長官も述べています。コロナ禍とウクライナ戦争で疲弊する先進国の国家予算を考えると、金融バブル、ITバブルで浮かれた企業への救済はありえないという空気も漂っています。
コロナ禍後の第2のグローバル化の波に乗るには、現状維持をリスクと捉え、改革、改善を急ぐことが必要でしょう。2023年はコロナ禍がもたらした負の遺産の影響が本格化ダメージとして現れる年であり、ウクライナ紛争の長期化が、さらに暗い影を落としていると見るべきでしょう。
スナク英政権は移民政策で一線を越えたのか 日本はアジアが混乱すればどうなるのか(1)
今週、英国のスナク政権は過去にない、あるいは先進国が踏み出したことのない移民政策を打ち出しました。法案の段階ではありますが、野党・労働党だけでなく、国連も敏感に反応しています。スナク首相は「あらゆる施策を講じたが成果は得られなかった」と弁明していますが、どうなるのでしょうか。
英仏海峡を小型ボートで横断し、大量に押し寄せる不法移民に対して英国のスナク政権が打ち出した移民政策は、非正規ルートで入国した者が、今後一切、受け入れないというものです。つまり、フランス側の浜辺からゴムボートに乗って命がけで英仏海峡を渡る者は国外追放され、英政府がその後、彼らが正規ルートで申請する資格も失うというものです。
この法案は、非正規ルートで英国に移民しようとする行為を諦めさせるのが目的で、不法移民に苦しむアメリカでさえも採用したことのない政策です。
この強硬案は国内だけでなく、欧州連合(EU)人権法や国連の難民政策の精神にも抵触するとして、国内外から厳しい目が向けられています。イタリア、フランス、スペイン、ギリシャは地中海を老朽化した船で渡るアフリカからの難民の救助に明け暮れており、毎日、子供を含め海で命を落とす人が後を絶たない状況です。
法案を提出したスエラ・ブレイバーマン内相は、野党からの激しい批判に対して、「一線は超えていない」と述べました。国連の難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、法案は「亡命禁止」に相当し、国連が重視する人権重視や人道から外れていると批判し、「英国とは思えない」と苦言を呈うしました。
非正規ルート(ここでは主に英仏海峡を小型ボートで流れ着く人々)は、特別施設に28日間拘留され、その後、アフリカの協定を結ぶルワンダなど第3国に強制送還する新しい法律は、欧米先進国が取り組んできた移民。難民政策とはレベルが異なります。
無論、英政府にも言い分があります。2018年に約300名だった小船で英国に辿りついた不法移民は、2022年には45,000人に膨れ上がっています。フランスは英国の要請でフランス側沿岸の取り締まりを警官を増員して強化したが効果を上げていません。
法案には、英国から追放された人々は、将来的に英国の市民権を取得したり求めたりすることもできなくなるとあります。英国政府は「安全で合法的なルート」を通じて定住する難民の毎年の上限も設定するとしています。
UNHCRによれば、世界中で1億人以上の人々が強制的に避難を強いられているといいます。同事務所は英政府が提出した法案について難民条約に「明らかに違反」していると述べ、「権威主義の国のやり方だ」と非難しています。
ブレイバーマン氏は、保守党議員に宛てた書簡の中で、法案が欧州人権条約(ECHR)に適合しない可能性は「50%以上」だとしています。ブレグジットで欧州人権条約の影響は下がっているともいわれていますが、どこまで受け入れられるのでしょうか。
ブレイバーマン氏は、保守党議員に宛てた書簡の中で、法案が欧州人権条約(ECHR)に適合しない可能性は「50%以上」だとしています。ブレグジットで欧州人権条約の影響は下がっているともいわれていますが、どこまで受け入れられるのでしょうか。
この議論、同じ島国の日本にも当てはまりそうです。英国の難民認定率は39.8%と世界でも断トツに高いのに対して、日本は0.3%で、無論、先進国中最も低いのが現状です。そもそも正規ルートで入っても認定がされない国の認定基準は不透明です。
認定を待って長期不法滞在し、拘留中に病気で亡くなったり、自殺した人も日本にはいます。世界の現状に対して、紛争に軍事的を関与を一切行わないというなら、難民受け入れに積極的であるべきでしょう。
認定を待って長期不法滞在し、拘留中に病気で亡くなったり、自殺した人も日本にはいます。世界の現状に対して、紛争に軍事的を関与を一切行わないというなら、難民受け入れに積極的であるべきでしょう。
日本の合議制ルーツへの誤解 衰退を止めレジリエンスをもたらすのは高い見識
個人的に日本の衰退も権威主義の国に対抗できないのも、ひたすら優れた指導者がいないことにあると考える筆者の関心の一つは意思決定スタイルにある。さまざまな論文を読み進める中、非常に違和感を覚える解説に遭遇した。
それは、日本の大企業が意思決定でワンマンを嫌い、意思決定で合議制にこだわったのは、日本が勝てもしない対米戦争を突き進み、結果、人類史上最初で最後といわれる核爆弾を落とされ、多大な犠牲者を出して敗北した教訓から、天皇を中心とした一方的意思決定の間違いを繰り返さないためだったという解説だった。
一見、論が整っているように見えるが、強い違和感を感じ、そのことに詳しい専門家数人に質問した。結果は、その解説に決定的に欠けていることが指摘された。私は戦前の日本の組織がどんな意思決定のスタイルを持っていたかには明るくなかったが、この議論で新しい発見もあった。
そのことに詳しい人たちは、まず、太平洋戦争は軍部の暴走が圧倒的に大きく、平和を重視する民間人、特に教養ある人々は反対していた事実がある点が抜け落ちていることだった。無論、民間人の中には軍部に寄り添って莫大な富を築く者もいたが、多くの民間人には迷惑な話だった。
財閥系の企業も戦争となれば協力せざるを得なかったが、苦しんでいたのも事実だ。つまり、典型的なトップダウンで知られる軍部が主導していた。
一方、明治維新以降の日本をけん引したのは、明確な階層性のあった江戸時代に形成されたエリート層が、明治天皇の方針に従い、しっかり西洋に学ぶことで驚異的なスピードで近代化を実現したことだった。経済をけん引したリーダーたちは、いい意味での教養人であり、いい物は何でも取り入れる学習意欲も旺盛だった。
つまり、意思決定プロセスの問題よりは、リーダーとは高い見識に裏付けられた能力が最重視されており、金儲けのためには手段を選ばず、反社会的行為も辞さないなどというのは3流経営者だった。
今、渋沢栄一が再評価されているのも、彼が高い理想を掲げ、愛国心と欧米に肩を並べる国にするための教養と高い見識を持っていたからに他ならない。つまり、日本の失敗は、意思決定のスタイルが問題ではなく、間違った軽薄な考えを持つ軍部指導部にけん引された結果だった。
真珠湾攻撃に向かう山本五十六は、そのことを海軍兵学校の同期で「神様の傑作の一つ堀の頭脳」 といわれた私の同郷、大分出身の堀悌吉に報告した時、プロの軍人として負ける戦争に向かう山本を憐れみ、自身は軍部を去った。
つまり、決定的な判断ミスを犯した原因は、独裁やトップダウンの問題ではなく、意思決定に関わる人間が指導者にはふさわしくない人間がいたことだった。
今や日本の意思決定スタイルに合議制が定着し、その逆効果で誰も責任を取らなくてもいい体質が染みついてしまった。ただ、合議制が優れたリーダーを生まない原因の一つだとしても、合議制の是非を論じる前に高い見識を持ったリーダーが少なくなったことを嘆くべきと私は密かに思っている。
私は指導者教育に熱心なフランスのグラン・ゼコールで長年、教鞭をとったが、フランスのグローバル大企業の経営層には40代も少なくないが、彼らの多くが幅広い知識、特に哲学や歴史を学んでいることは興味深い。
フランスで亡くなった教師追悼でダンス 拡がるいじめと校内暴力への対策急ぐが光は見えない
2月22日水曜日に仏南西部サン・ジャン・ド・リュズのカトリックの私立高校で生徒の1人に刺され死亡した教師、アニエス・ラサールさんの教会前の追悼の様子が話題になっています。集まった職場の同僚や夫、親族らが突然踊りだし、その動画がツイッターで流され、現在までに200万人以上がアクセスしているそうです。
無論、ダンスは死者を追悼するためで、それもカトリックの学校だったこともあり、追悼式は教会で行われ、参加者の涙を誘いました。批判するメディアはなく、与野党の別なく、政治家たちも感動のツイートをしました。
殺人で起訴された16歳の生徒は公判前拘留され、検察は計画殺人として捜査を開始し、捜査はバイヨンヌ司法警察に委ねられたと伝えられます。事件は生徒の1人がスペイン語の授業中、いきなり立ち上がり、同級生の前で教師に切りつけたもので、フランス中を震撼させました。
容疑者はイスラム聖戦思想に感化されたアラブ系移民でもなく、学校は治安のいいはずのカトリック教会が運営する進学率の高い私立学校だっただけに、なおさら国民には衝撃でした。
容疑者はイスラム聖戦思想に感化されたアラブ系移民でもなく、学校は治安のいいはずのカトリック教会が運営する進学率の高い私立学校だっただけに、なおさら国民には衝撃でした。
仏週刊誌、ル・ポワンの最新の世論調査では、学校での暴力への対応方法について生徒と教師を保護する正しい方法について尋ね、47%が、生徒や教師の安全確保強化最優先と答え、53%が加害者の罰則強化を最重視すべきと答えたとしています。防止より罰則強化を優先すべきという意見がわずかに上回った形です。
政府は今、校内暴力対策に取り組んでおり、教師と生徒間だけでなく、生徒間のいじめ、結果としての不登校から自殺までの防止に取り組んでいます。今回の事件は、明らかに孤立感を深めた生徒による犯行で、SNS時代が後押しした可能性は高いと見られています。
ニース=コートダジュール大学で新しいオンライン・アラート・プラットフォームを今年1月30日から導入し、40の異なる言語でアクセスでき、内部告発者の匿名性が特に保証されています。性別に基づく暴力、性暴力、差別、ハラスメントに終止符を打つのが目的で、デジタル・シグナリングとサポート・プラットフォームを学生に提供しています。
教授、講演者、大学職員も対象とするこの新しいシステムで、苦情収集、管理、処理を容易にすることを目的としています。
フランスには2021年度の9月の新学年開始時に、学校での様々なハラスメント行為を防止するためのpHAReプログラムが開始され、2022年には同プログラムは全ての小学校から大学まで拡大しています。
同プログラムの要旨は1、学校の雰囲気を測定する。2、いじめ現象を防止する。3、生徒や学生のための専門家とスタッフによる保護コミュニティーを作ること。4、いじめの状況に効果的に対応する。5、両親や保護者を巻き込んでプログラムを協議する。6、全ての活動を監視する。7、リソース専用のデジタルプラットフォームを提供するなどです。
現在は大学から始まった被害者の学生がアンバサダーとなって、被害者の相談に乗るシステムが小学校まで広がっています。保護者、教師だけでなく、地域社会を巻き込み、全ての人々がいじめに関心を持ち、阻止するために動くというもので、根底にはいじめで自殺した何人かの未成年者への強い思いがあるからです。
無論、このプログラムは始めたばかりで試行錯誤状態です。それに今はSNSといういじめの新しいツールが脅威を与え、いじめがゲーム感覚になっていたりします。そのゲームが若者の心に暴力性を浸透させている現実もあります。さらにフランス中の未成年者に薬物が蔓延し、家庭崩壊して保護者が機能していない場合もあります。
政府も専門家も教師の特別なトレーニングが必要と指摘しており、フランス被害者協会(FVA)の報道官オリビア・モンス氏は「子供たちは幼い頃から共感、尊敬、連帯の概念を統合する必要があり、教師も教育者も訓練されなければならない」と指摘しています。
さらに「生徒の後ろには家族や学校で暴力に苦しんでいる可能性のある子供やティーンエイジャーがいて、教師が目を閉じて自分の持つ技術的および専門的スキルの後ろに隠れていることはもはや許されない」と主張しています。
無論、このプログラムは始めたばかりで試行錯誤状態です。それに今はSNSといういじめの新しいツールが脅威を与え、いじめがゲーム感覚になっていたりします。そのゲームが若者の心に暴力性を浸透させている現実もあります。さらにフランス中の未成年者に薬物が蔓延し、家庭崩壊して保護者が機能していない場合もあります。
政府も専門家も教師の特別なトレーニングが必要と指摘しており、フランス被害者協会(FVA)の報道官オリビア・モンス氏は「子供たちは幼い頃から共感、尊敬、連帯の概念を統合する必要があり、教師も教育者も訓練されなければならない」と指摘しています。
さらに「生徒の後ろには家族や学校で暴力に苦しんでいる可能性のある子供やティーンエイジャーがいて、教師が目を閉じて自分の持つ技術的および専門的スキルの後ろに隠れていることはもはや許されない」と主張しています。
Z世代を熟練世代が指導のリスク 世界的新世代は希望にもなるし、カオスにもなる
人間は自分が育てられたように人を育てようとするというのが、フランス人の妻と暮らし、子育てし、さらにグローバルビジネスに長年関わってきた結論の一つです。当たり前のことですが、似たコンテクスト(常識)を持つ人間が国や地域の文化を形成しているのは、親から子、子から孫にそのコンテクストが受け継がれるからです。
よほど居心地が悪ければ、その常識から抜け出そうとしますが、コンテクストの継承は愛情によってもたらされるので、そう簡単には変わりません。私個人は母が満州生まれの満州育ちの引揚者、今なら帰国子女に育てられ、植民地では濃厚な日本文化があった一方、中国文化の影響も否定できない人間に育てられました。
彼らの共通した特徴は、一方で外地で美化された日本を教え込まれながら、引き揚げてきた日本はかなり違っていたことでした。それに当時すでに国際都市だった大連で女学校に通っていた母は、中国人だけでなく西洋人たちの生活も身近にありました。
結果的に引揚者の愛国心は外地で純度を増した一方、戦後の日本への失望感も大きかったと母だけでなく、多くの関係者から聞きました。同時に戦後の日本を先進国に押し上げるのに彼らが陰で貢献したのも事実です。ただ愚かな対米戦争を決行し負けたことの影響は大きく、腰砕け世代ができた背景の一つかもしれません。
そんな中、内心、期待感を持って見ているのがZ世代の行方です。Z世代という言葉は世界的で、ネットが発達し、コミュニケーション革命後に育った世代で国境を越えたデジタルネイティブ、スマホネイティブと呼ばれ、ソーシャルネイティブなのが特徴です。
生まれた時からデジタルやネット環境が整った中で育った彼らの特徴は、スマホを通じたネット検索、ネットショッピング、SNS、ゲームが日常に定着し、ネット上で共感することに慣れている世代です。一方で個性を大切にしながら、一方で共感も必須です。
私も研修やコンサルで彼らと接触することが多く、大きな時代の変化を感じています。アナログ時代を生きてきた人間としては、戸惑いもある一方、テクノロジーに対する限りない好奇心から、古い時代にしがみつくつもりもなく、特にこのZ世代には大きく期待しています。
日本の問題点の1つは、社会人となった若者に社会の掟を強制的に教え込もうとする村社会的側面があることです。1980年代の新人類から始まり、ゆとり世代まで、社会は彼らを飼いならしてきたようにも見えます。特に日の丸が立った保守的大企業と保守的政党の存在は大きいでしょう。
そういう私も理由は定かではありませんが、グローバル研修を始めた日産自動車はじめ、大半は保守的大企業でした。私自身は海外に長いことから、母同様、愛国心は純化され、日本の優れた精神は大切にしたいと思うし、自分のアイデンティティの一つです。
ところがZ世代の研修をしてみて分かったことは、日本人としてのアイデンティティを持つ人がほとんどいない事です。だからといって個人のアイデンティティもなく、共感するSNSの中で漂流状態にあると感じました。
ただ、一方で彼らが意味を感じない仕事はしたがらない、コスパよりもタイマといって時間を大切にすること、嫌な上司、理解不能な仕事、自分のスキルが磨けない職場に留まらないこと、ライフワークバランスを最重視するのは、希望な側面もあります。
無論、彼らがもし、日本人のいい意味での特徴である仕事を最後までやり抜く強い責任感や労働意識がなくなってしまえば、確実に日本は衰退するのだと思いますが、そこをどう育てるかが課題でしょう。
最近、気になる事は、そんなZ世代に対して、経験豊富な熟練世代をZ世代を鍛えるという目的でリーダーとしてあてがうやり方です。そのリーダーにもよりますが、デジタルネイティブに対して彼らの個人的満足度より、組織のロジックに公私を従わせる教育が念頭にあるのであれば、成功はしないということです。
組織と個人がウインウインの関係になるのが理想で、彼らの考えは、旧世代には我がままに見えても、私には期待感もあると見るべきと感じます。それに何より彼らの強みは世界共通のものがあるという点で、日本と極端に異なるフランスを見てきた私は、彼らの声に常に耳を傾けていたいと個人的には思っています。
こんなに違う意思決定スタイル 日本の「空気」醸成重視はそれでも世界で特殊な例
日本にグローバルスタンダードのテーマパークを作るためのプロジェクトに関わったことのある筆者は、150憶円を超える資金繰りのためにアメリカ、英国、フランス、ベルギー、ドイツをまわった。彼らが意思決定するために必要な条件は異なっていたが、そこで日本文化との違いを痛感させられた。
基本的に、大きなプロジェクトは自治体の協力なしには実現ができないため、どこに行っても共通して求められたのは。誘致を進める自治体の首長のラブコールのレターだった。実はこのプロジェクトは、鍵を握るその首長の決断がなかったために途中で挫折した。
ここで思い知らされたのは無論、日本の慣習を国外の投資家に理解させられなかったことが大きかったが、何が起きたかといえば、実は首長が利益誘導の片棒を担ぐことを極端に恐れていたことだった。求めたレターの内容は、進めていたプロジェクトに対して、首長として歓迎するというもので、当然、決定は市議会の決定によるという但し書きがある物だった。
つまり、自治体がフルサポートを確約するから投資してくれというレターでもなかった。通常、投資には様々な書類が必要だ。たとえば、そのプロジェクトは米系大手コンサルティング会社の数百ページに及ぶ事業の実現可能性を調査したフィジビリティスタディもあった。
投資家が懸念する材料を一つ一つ潰していくため、億という資金を費やした。結果的に首長のレターが最終決定の鍵を握ったが、国際性のない首長は二の足を踏んだ。後で分かったことは首長自身が政治は利益誘導と勘違いしていたことで、レターも金次第だったのかもしれない。ただ、そんな領域に足を踏み入れるつもりはなかった。
実は日本型意思決定も大きく影響していた。それはたとえば、最終意思決定を持つのはトップに立つ首長や議会の権限ということでもなく、全ては根回しによって醸成された「空気」で物事が動くことがなかなか海外の投資家には理解されなかったことだ。
結果、根回しの期間は当然、水面下で行われるので透明性もまったくなかった。想定外の利権を漁る個人や組織も近寄ってきた。コンセンサス重視の日本独特の空気を重視する意思決定スタイルは、なかなか海外では理解されない。彼らが欲する意志決定者が存在するようでしないことは大きな問題だった。
グローバル交渉、商談、ビジネスの遂行に意思決定は大きな影響を及ぼす。民主主義が定着している欧米諸国内でも、議会制民主義の英国と大統領制のフランスでは大きく違う。国民投票でブレグジットが決まってから実際の離脱協定を英議会が承認し離脱するまで3年半を要した理由は議会が何回も否決したからだった。
これがフランスなら大統領権限が強大なので、迅速に対応できたはずだ。今も年金改革で議会は紛糾しているが、実はフランスの憲法には、社会保障や有事の際の防衛など審議内容によっては、議会で結論が出ない場合でも法案を政府が通過させることができる権限を持っており、マクロン政権はこれまで何度も使った。
外資が日本企業を買収する例が加速する中、意思決定スタイルは大きな課題となっている。それもコンセンサス型に加え、会議は意思決定の場になっていないことや、会議以外の場での根回しによって空気を醸成するという理解不能の日本独特の慣習の壁が、外資を困惑させている。
グローバル企業は今、現地のビジネス習慣を最大限尊重するのが普通になっているが、ビジネスにおける意思決定のあり方は、文化の領域を超え、ビジネスに大きな支障をきたす事例も増えている。
外資が親会社になると変化するもの 決定的なのは意思決定の考え方、人間崇拝と曖昧さの排除
金融危機やコロナ禍、ウクライナ戦争でグローバル化は何度も挑戦を受けているが、それでも業種にもよるがグローバル化は確実に進んでいる。中でも、すでにグローバル企業としての経験を積んできた欧米の企業にとって、日本企業は他国にはない、無数のハードルがあることで知られている。
最近、フランスに帰国したばかりのフランス人が「自分にとって日本は4カ国目の国外の赴任先だったが、南米やインドで経験した異文化の壁は、日本に比べれば、比較にならないほど低いと感じた」「次々に理解不能なことが頭をもたげ、日本で10年以上仕事をする西洋人は尊敬に値する」といった。
中でも戸惑ったのは、日本でいう報連相だったという。「自分はアジア地域を含む市場開拓部署の責任者だったが、部下は50人はいた。彼らが自分に報告を上げるだけでなく、いちいち次は何をしたらいいか聞いてくる。中には指示がなかったといって半日何もしなかった部下もいた」という。
この種の話はよく聞く話で、彼らの不満は「いつ部長としての自分の仕事ができるのか」と大いに疑問を感じ、報連相は日本企業に巣くう悪い習慣とまでいう人もいる。必要な情報は自分で集めにいくのが常識に欧米人にとって、報連相で上がってくる情報は有益に見えるが、彼に言わせれば「必要ない情報が8割で時間の無駄」と否定的だ。
最も決定的な違いは、意思決定プロセスだった。意思決定の権限を持つ自分が決めたことを絶対視するのではなく、自分たちの意見を尊重して欲しいといわれてストレスだったという。その一方で上司に評価されたい、褒められたいという気持ちも強く矛盾を感じたという。
彼が赴任当初、経験したことに自分のチームに対して「私は今のあなた方の成果にまったく満足していない」といった瞬間に、その場の空気が凍り付き、全員が目を伏せ、暗い雰囲気に変わったことだったという。最初に赴任したイタリアでも、ブラジルでも、インドでも見たことない反応だった。
中には酒の席で「部長は自分たちがどれだけ苦労してきたか知らない」といった部下もいたという。結果主義が主流の諸外国に比べ、プロセス重視の日本では、プロセスでの努力を評価してくれないと日本人はなかなか動かないことを初めて知ったという。
彼を悩ませたことの中には、上司への人間的な気遣いが異常に強いことだったという。中には好きな食べ物は何か、趣味は何かなどを聞いて、何とか上司を喜ばせようとした部下もいたという。食事会で上司の座る場所に上座があることにも驚かされた。まるで上司は神のようだと感じたという。
それに日本人の遠回しな言い方も彼も悩ませた。数年して知ったことは、相手への気遣いも原因してイエスをノーといったりすることを知った。しかし、会議を含む業務での曖昧さでいいことはないと思い、本当にいいたいことを毎回問い詰める習慣がついたという。
しかし、理解に苦しむことが山ほどあったが、日本人の仕事に対する真面目な姿勢や高い能力は、他の国にはないことを強く感じ「学ぶものも多かった」と付け加えた。欧米のグローバル企業の基本的スタンスは、できるだけ相手の文化を尊重しなければ、いい結果は得られないという認識を持っていることだ。
にもかかわらず、軋轢は起きるし、自分の常識をすべて捨てて相手に合わせるのも不可能だ。異なる文化を持つ者が協業する現場で期待されるのはカルチャーダイバーシティの効果だ。一歩間違えばカオスに陥る可能性もある一方、うまく機能すれば向かうところ敵なしの強みになる。
危機をチャンスに変えるの誤解 危機の徹底検証とゼロベースからの施策なしに機会は訪れない
最近、世界的に名前の知られた大企業が規模縮小や店じまいするケースが増えています。専門家が2年前に指摘したことが当たっているようです。米IT大手GAFAも一斉に人員削減に踏み切り、大都市の目抜き通りやショッピングモールを飾ったブランド企業も店じまいが加速しています。
コロナ禍をなんとかしのいできた企業もウクライナ紛争でインフレとエネルギー価格高騰、輸送費の高騰などに追い打ちされ、資本力が持たなくなった企業も少なくありません。そのため、企業の統廃合や再編、異業種のM&Aも増加中です。
コロナ禍で注目された言葉はレジリエンス、危機をチャンスに変えるでしたが、そう甘くはないようです。ただ、相談を受ける企業も含め、遭遇している問題を正面から徹底検証し、時代の変化や他人のせいにせず、多少足踏みしても、再度、ゼロベースから考えて再出発するくらいの覚悟のある企業は多くはありません。
なぜなら、これまでの成功体験が活かせると思っていたり、そもそも現状維持に満足し、問題意識が低い場合も多いからです。特に古い企業で未だに年功序列や縦の命令系統だけが機能し、下は上に忖度する文化が定着し、さらには命令待ちの無思考状態が蔓延している硬直化した組織は大胆な改革はできない状態です。
未だに入社すれば、何でもやらす体質が残り、専門性を高めることが重視されていない大企業は少なくありません。ベンチャーなどでどんどんスキルが向上する友人を見ながら焦る大企業サラリーマンも少なくありません。それにある時、突如大規模解雇に直面する可能性もあります。
リーマンショックや」ギリシャ財政危機から始まったグローバルビジネスの軋みは、コロナ禍、ウクライナ危機で、物事を見通すのが難しくなっています。嵐が過ぎ去るのをじっと待つだけでは生き残れない状況です。
危機をチャンスに変えるためには、何が間違っていたのか、その本質を見抜いて、根本的に改変する姿勢が必要です。時には大きな組織の中にいると気づけないこともあります。そんな時は外からの批判にも謙虚に耳を傾けることも必要です。
日本人が常識と思っていることも、全てゼロべースで再考する必要があります。たとえば日本人が大好きな「一体化」も、何を持って一体化するのかの検証は必要です。組織の中でもマイノリティの意見が正しい場合もあります。そこに答えを見出すのであれば、その新方針と一体化する必要があるでしょう。
日本には文化に根差した合理性も公正さもない慣習が組織に深く入り込んでいます。新しい血を入れることにも気が遠くなるくらい慎重です。私の経験でいうと、フランスのビジネス系の大学では学長が変わればすべてが変わります。組織も人事も仕切り直しです。それができない人はヴィジョンがない人間ということでリーダーにはなれません。
なぜ、リーダーでもない時から、リーダーになる準備ができているかといえば、それは意識が高く、自分だったらどうするかを考え続けているからです。そのポジションにないのだからといって何も考えるべきではないと思う人はリーダーにはなれません。
トヨタ自動車が世界1のメーカーになれたのも、リーダー登用で大胆な人事を行っているのも大きな要因です。フランス人を副社長に迎え、社長より高い報酬を支払ったり、今度の新社長には53歳の佐藤恒治執行役員を選びました。
100年に1度といわれる自動車業界の大改変に直面する中、時代の変化を敏感に感じ取れる感性を持った若いトップは絶対に必要でしょう。無論、実力と実績を備えた人物が必要ですが、昔のように社内外に太い人脈があり、忖度に優れた調整型リーダーは必要ありません。
社風を根本的に変えるくらいの勇気と決断力を持ったゲームチェンジャーこそ、危機をチャンスに変える原動力になると私は考えています。