Fumio_Kishida

 ある仏メディアは、岸田自民党新総裁の誕生について、何も変わらないという意味で「日本はフランスと違い革命文化がない国だ」と書きました。この指摘は説得力がある一方、日本にも将軍の処刑こそなかったものの明治維新があったことは無視されているように思いました。多くの血を流さずに統治体制を変えた歴史が日本にもあるからです。

 一方、仏保守系週刊誌レクスプレスは、日本に誕生した岸田文雄自民党総裁について「日本政治は何も変えないためにすべてを変える伝統芸があるようで、岸田文雄氏も例外ではない」と評しました。理由は菅義偉首相の後継者に指名された岸田氏が「前任者と多くの共通点を持つからだ」と解説しています。

 同誌は「2000年以降、6人の自民党首相のうち、5人は2世、3世議員で岸田氏同様、総裁選を戦った河野太郎も父親の河野洋平は副首相で政治家の血統にある」と同誌は指摘し、「日本では、何世紀にもわたってノウハウを伝承してきた家業の職人技として政治経験が積まれている。息子は父親から議会の議席を継承し、時には小渕恵三元首相の娘のように女性の場合もある」と書きました。

 「日本では選挙に勝つには、豊富な資金力が必要だ。自民党は1995年の結党以来、ほとんど中断することなく権力を掌握している」「特に高級官僚とビジネス界との強力な“鉄のトライアングル”の構築に貢献してきた」ことを強調しています。ほぼ指摘の通りでしょう。

 「これに加えて、年功序列に基づく昇進システムの維持があり、自民党の不文律として基本的に当選5期以上の国会議員にしか閣僚など重要ポストは与えられない」とし、「安倍晋三前首相は、外相の息子で首相の孫」と指摘し、何世代にも渡る政治家同士の人間関係により、「恩に報いる」ことも必要なのが日本の政治文化と指摘しました。

 今回、自民党総務会長に当選3回の54歳の福田達夫衆院議員が起用され、不文律は破られましたが、彼が祖父、父共に首相経験者という点では、1歩前進程度のことです。

 1980年代、米タイム誌はアメリカをしのぐ経済大国にのし上がった日本について「不思議の国日本」という大特集を組みました。それから30年以上経った今も「不思議」の形容は変わっていないといえます。決定的なのは国のトップに立つ人間によって大きな変化が起きないことです。

 昨年は突然、辞任を発表した安倍晋三首相に代わって、安倍路線を完全に踏襲する菅政権が誕生しました。今回も変化よりも安定を重視する岸田氏が選ばれました。大統領と首相の違いはあってもトップが変われば、それなりの変化があるのが世界の常識です。変化には国民の期待もあるものです。

 無論、世界中で政治に熱狂する時代は終わっているようにも見えます。トップを誰がやってもよくはならないという政治不信が広がっているからです。そのため、変化を望む人々の心を捉えるのはポピュリズムの政治家です。結果的にすべて良かったという例は見当たりません。

 岸田氏を選んだのには協調性もあるでしょう。反対勢力や抵抗勢力を抑え込んで強引に政策を進めるタイプの政治家は、日本では評価されないからです。国際社会も協調が重視される時代、日本人が最も得意とすることですが、商売優先のために相手が専制政治の国であっても握手しようとします。

 実は日本人が考える以上にインド太平洋地域は今、不安定化しています。フランス外務省が2019年に出した外交白書では、インド太平洋地域の安全保障はフランス外交の主軸の一つと書かれています。それも米中対立を待つまでもなく、同地域の既存のルールを力で変更しようという中国の脅威は増すばかりという認識です。

 当然ながら、その脅威は日本にとっても直接的に深刻な影響を与える問題ですが、だからといって具体的な安全保障政策を明確にしたのは、総裁候補の4人の中では高市早苗氏だけでした。彼女の結果は地方で党員票が伸び悩み、国民の安全保障への意識がそこまで高くないことを浮き彫りにしました。

 逆に岸氏は、中国をできるだけ刺激したくないという姿勢が鮮明で、中国忖度外交になるのは必至です。米英豪が創設したインド太平洋地域の防衛パートナーシップ、AUCUに入ろうなどとは到底考えられないでしょうし、尖った外交は展開しないでしょう。

 レクスプレス誌は、1957年生まれの岸田氏が広島生まれで「核軍縮を擁護する政治家」と指摘しているのは、フランスらしい指摘です。さらに外相時代の2016年に故郷、広島へのバラク・オバマ大統領の歴史的訪問を実現することに貢献したこともポジティブに書いています。

 ただ、自民党の支持率が下がっていることを11月に予定される衆院選で、どこまで回復できるのかは不明なだけでなく、変化を望まない国民が大多数を占めることで、日本の沈没が止まらなくなることの方が、はるかに心配です。

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