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 オーストラリアがフランスと進めていた通常動力の潜水艦開発を破棄し、米英豪3か国からなる中国を念頭においたインド太平洋地域の安全保障の新たなパートナーシップ「AUCUS」(オーカス)創設に伴い、米国から原潜の供給を受ける決定を下しました。この決定は同地域の軍事バランスに決定的な影響を与えそうです。

 同問題は7兆円に上る契約を破棄されたフランスは怒り心頭で、加盟27か国の1国が被害に遭った欧州連合(EU)も、現在、豪州との間で進めている自由貿易協定(FTA)にブレーキをかける可能性も示唆しています。フランスのボーヌ欧州問題担当相は「すでに信頼を失った国との間に何事も起きなかったかのように通商交渉を進めることは考えられない」と述べているほど、フランスは怒っています。

 それより注目すべきは米英豪が踏み切ったインド太平洋地域の防衛戦略のパートナーシップでしょう。特に豪州が自国としては初めて原潜を保有する決断を下したことは、非常に大きな意味を持つといわざる得ません。なぜなら、現在の軍事バランスは核兵器保有だけでなく、原潜保有が極めて大きいからです。

 原潜のメリットは、通常動力潜水艦に比べ、数十年稼働する核燃料を搭載しているため、極端にいえば何年でも潜航が可能なことです。それに原子炉からエネルギーで海水を蒸発させて真水を生み出すこともでき、それを電気分解することによって酸素を供給することもできます。あとは食料供給を半年に1回行えば、永続的潜航が可能です。

 さらに通常動力はエンジン音がするため、存在を察知されやすいのに対して、原潜は静かで深海に長期間潜航できるため、敵に居場所を悟られずに移動しながら、核兵器を搭載すれば、最大の抑止力になる最終兵器ともいわれました。今は宇宙からの攻撃やサイバー攻撃などハイテク化していますが、それでも原潜は強力な武器であることに間違いありません。

 現在、弾道ミサイル搭載潜水艦を含む原潜の保有数は、アメリカが68隻、ロシアが29隻、中国が12隻、英国11隻、フランス8隻、インド1隻が把握されています。今回、これにオーストラリアが加わるわけです。どこに配備されているかは当然公表されていませんが、核という最終壁を搭載し、最悪の事態に備えているのは事実です。

 世界制覇の目的を持つ中国の一帯一路構想は当然、インド太平洋の海洋も重要な戦略対象です。昔から水を治める者、つまり海と川を治める者が支配者になるという公式からいえば、インド太平洋は中国の覇権の要の一つです。これを阻止することは自由と民主主義の価値観を共有する陣営にとって重要なものです。

 ところが同地域にある国はインドは別にすれば、他は小国が多く、実はオーストラリアも広大な領土は持っているものの、人口は2,500万人強で、小さな島国の台湾の2,300万人強と変わりありません。国内総生産(GDP)で世界14位、豪州の前には日本、中国、インド、韓国、インドネシアがあり、21位には台湾が控えています。

 そんな豪州が、対中外交で高いリスクを覚悟の上で米英の支援を受けて原潜を保有する決意をしたことは極めて大きいといえます。モリソン豪首相は「国益を熟慮した上の決断」と述べています。中国の対豪州投資と農産物の対中輸出で潤ってきた豪州が、中国が最も不快感を持つ行動に出た背景には、米英の力強い支援が見込まれる1面もあるでしょう。

 対照的なのは、リベラルな政権が続くニュージーランドが非協力的なことで、中国依存を強めています。実は日本であまり知られていないことですが、シンガポールを初め、東南アジア諸国ではオーストラリア人ビジネスマンをよく見かけます。東南アジアのエリート層で、オーストラリアの大学を出た人も多く、途上国の発展の影にオーストラリア人の存在は見逃せません。

 米中対立に翻弄される東南アジア諸国は、中国にとっては一帯一路の1丁目1番地の足下になり、手中に収めるために様々な攻勢をかけています。同時に日本や欧米資本も呼び込みたい東南アジア諸国は、豪州との関係も重要です。特にEUを離脱し、英連邦の豪州などと関係を深めたい英国のインド太平洋進出も今後の安全保障と経済に大きな影響を与えそうです。

 米中対立は豪州や東南アジア、さらには英国やEUを巻き込んで精鋭化しそうな状況で、日本は高みの見物を決め込む余裕はありません。東南アジア諸国は中国の軍事的脅威に対応するには米英豪のオーカスに頼るしかありません。ただ、中国への経済依存度の高い東南アジアはバランスを取るのも難しくなっています。

 そんな中、軍事的プレゼンスを持たない日本は、経済でしか東南アジアに影響を与えられない弱みがあり、今後、マイナスに働く可能性が高まっています。インド環太平洋時代に日本は外交政策、安全保障政策を大幅にリセットする必要がありそうです。

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