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 当然と言えばその通りですが、フランスはオーストラリアがいきなり発注していた潜水艦について、キャンセルを通告され、困惑の中にあります。理由はアメリカ、英国、オーストラリアが中国を念頭にインド太平洋地域の安全保障の新たな枠組みを発表し、アメリカの原子力潜水艦を配備するため、フランス製潜水艦は不要になったからです。

 このお互い英語が母国語のアングロサクソン同盟ともいわれる3カ国の安全保障パートナーシップ「AUKUS」は、アジア太平洋地域での中国の強引な海洋進出抑止が目的です。米英両国がオーストラリアを支援する形で、深海に長時間潜水でき、監視が可能な原子力潜水艦配備を進めるというものです。

 フランスも原子力潜水艦を保有していますが、高度な技術の流出を嫌い、外国からの建造の受注は受けていません。それに今回は打診もないままに一方的にキャンセルしてきたわけですから、怒るのも当然です。フランス領ポリネシアやニューカレドニアなどを守る義務のあるフランスは、同地域の安全保障で蚊帳の外に置かれたことで、独自の体制を構築しなおす必要に迫られた形です。

 名指しはされなかったものの、中国政府は早速、強い不快感を示しましたが、これに対してオーストラリアはどこ吹く風で批判を一蹴しました。これでオーストラリアと中国の関係は、さらに悪化することは明白です。その一方で中国政府は環太平洋パートナーシップ(TPP)への参加申請を正式に表明し、経済分野からの攻勢をかけようとしています。

 今回の米英によるオーストラリア支援は、フランスから見れば支援といいながら、アメリカはアメリカ製の原潜をフランスの潜水艦をキャンセルさせて売りつけたわけで、それも欧州連合(EU)を出た英国が一緒になっている点は見逃せません。

 ル・ドリアン仏外相は「裏切り行為」「この一方的で突然かつ予測不可能な決定は、トランプ氏の行動と非常に似ている」といい、不快感を露わにしました。フランスにしてみれば、オーストラリア周辺海域でフランスの原潜が監視すればいい話ですが、米英はフランスには頼みたくないというところでしょう。

 それは日頃の協調性のないフランスの態度が仇になったともいえますが、アングロサクソン同盟の結束は固いともいえます。無論、インド太平洋地域へのプレゼンスを高められるAUKUS参加は、ブレグジット後の同地域への進出を後押しする意味もあります。

 中国から見れば、オーストラリアの核武装化の脅威も感じ、米英が思い描くインド太平洋地域への覇権としか見えず、覇権争いの対立の構図が鮮明になったともいえます。そこで微妙な位置に立たされたのがフランスです。英国が同地域に英連邦を持つのと同様、フランスも海外県や領土を持つ立場で、インド太平洋の海洋の安全保障は常に視野に入っています。

 オーストラリアからの潜水艦受注を受けていたフランスのシャルブールにある仏政府系造船企業ナバル・グループは、開発中のバラクーダ級原子力潜水艦を基にした通常動力型潜水艦12隻をオーストラリア向けに建造する企業として選ばれていました。受注額は2016年の契約発表時で約500億豪ドル(約4兆円)でした。

 今後、違約金を巡る交渉が始まることが予想されますが、ナバル社は約500名の専属スタッフを配置し、同事業に取り組んでいましたが、契約破棄で配置転換が必要となりました。ただ、インドなど数か国から受注を受けているナバル社が経営的に傾く心配はないと仏メディアは伝えています。

 アメリカ側はフランスとの事前協議を試みたが断れたといっていますが、協議ではなく通告の性格の方が大きかったといえそうです。ビジネス的にも4兆円の受注が破棄されたわけですから、ダメージがないともいえないでしょう。

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