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 世界には親日国もあれば反日国もあります。人も国も同じで相手の善意に触れれば、好感を生み、屈辱を与えれば恨みがいつまでも残ります。アフガニスタンの米軍完全撤収後、自由と民主主義を持ち込んだアメリカに感謝する市民と米軍の傲慢な態度に屈辱を感じ、「二度と米軍は戻るな」と恨みを吐き捨てる市民の姿が報道されています。

 誰にとっても信頼関係構築は容易なことではなく、ビジネスでも一方で約束を守りながら、飲み食いやゴルフを重ね、信頼を得る努力が必要です。しかし、本当に相手の心に残るものは、見返りを要求しない善意であり、犠牲を伴う貢献であることを歴史は教えてくれています。

 人口4千万人と比較的小さな国、ポーランドは、日系企業拠点数が東欧・中東・アフリカ地域の中では、ロシア、UAEに次ぐ3位で、親日国としても知られています。その親日のルーツを知れば、過去の善意がいかに両国関係に大きな影響を与えているかが分かります。

 その3つの歴史的記憶とは、1つは、日露戦争勃発後の1904年7月、後の独立ポーランドの初代国家元首のユゼフ・ピウスキ将軍が、当時のロシア支配下の帝国ロシア軍として日露戦争に参戦し捕虜となったポーランド兵、約4,600人への待遇改善を日本政府に求めたのに対して、松山市で終戦までポーランド人捕虜を手厚く待遇したことです。

 2つ目は、1920年代初頭、ロシア革命直後の混乱で親を失ったシベリアのポーランド孤児765名を、日本政府と日本赤十字が保護し、その後祖国ポーランドに丁重に移送したことでした。

 3つ目は、第二次世界大戦中の1940年、リトアニアの首都カウナス(当時)で日本領事館の領事代理だった杉原千畝が多くのユダヤ系ポーランド人、リトアニア人に日本通過査証をは発給し、その結果、ユダヤ狩りをしていたナチスを逃れ、日本経由でアメリカなどの第三国に脱出できたという有名な話です。

 いずれも日本の善意として歴史に記憶され、今ではポーランドで日本語を含む日本文化への興味は高まるばかりで、その勇気ある善意を生んだ日本の精神文化にも関心が拡がり、武士道や武術、敗戦から経済大国になった日本の不屈の精神への共感を生んでいます。

 ドイツとロシアという大国に挟まれ、領土を侵され、両方からの攻撃で国が壊滅状態になったポーランドを復興させてきた不屈の精神や愛国心に日本と共通するものもあると受け止められています。

 一方、親日で知られるトルコには、1890年9月、明治天皇に拝謁後、帰路を急ぐオスマン・パシャ提督率いるトルコ帝国海軍のエルトゥールル号が、紀州和歌山沖で台風の暴風と荒波に襲われ、岩礁で座礁した時の話が残っています。提督以下600人近くが命を落とした悲劇でした。

 その時、船の座礁を知った村人たちが、総出で荒れ狂う波が押し寄せる岸壁で命がけで救出にあたり、木の葉のような小舟を荒れ狂い外洋で出て、総出で海に漂う船員を救出、介助したといいます。貧しい村では日頃の食糧も事欠く中、救出した69人に水、食料から衣服、貴重な鶏肉や卵まで与えて保護したという美談です。
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 救出されたトルコ人は、日本海軍の巡洋艦2隻が彼らを丁重にトルコに送り届け、トルコはその恩を未だに忘れていません。危機に瀕した人がいたら、放っておけない村人たちの善意は、トルコで語り継がれているわけです。

 報恩精神は東洋にだけあるわけではなく、人の心に残り続けることができるということです。それば今、日系企業に恩恵を与えています。飲み食いを重ねるよりもはるかに大きな効果を生んでいることは確かです。

 海外進出した企業のローカリゼーションが課題になっている今、単なる利益追求だけでなく、その国や地域に貢献したいという姿勢こそが、信頼関係構築の鍵を握っているといえます。

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