last deal

 ゴールデングローブ賞の外国映画賞に4度もノミネートされ、⻑編のデビュー作でベルリン国際映画祭クリスタル・ベア賞を受賞しているフィンランドの巨匠、クラウス・ハロ監督が制作した「ラスト・ディール」は、ヨーロッパの伝統的価値と戦後の自由主義の葛藤を見事に捉えた映画でした。

 2018年に公開された同作品は、老いた老画商の物語という超地味さも手伝って、大きな話題になりませんでしたが、西洋美術に関わる者として静かな感動をもたらす作品で、最近、アマゾン・プライムビデオで再度見て、さまざまな発見もありました。

 物語の主人公は、妻に先立たれた年老いた画商オラヴィで、仕事一筋に生きてきた彼のもとに、ある日、音信不通だった娘から、問題児の孫息子、オットーを職業体験のため数⽇預ってほしいと頼まれたことから始まる物語デす。閑古鳥が鳴く画廊で孫の面倒など見れないと断るところから映画は始まります。

 超アナログ人間のオラヴィは一切、PCもスマホを持たず、作品の管理も全て紙べースという前近代を代表する老人で、生涯、仕事のことしか頭にない人間。自己中心で仕事にしか関心がなく、孫にも愛情を注ぐ気はなく、息子と二人暮らしの単身家庭の娘は孫の職業体験さえ拒否するオラヴィを激しく非難します。結局、仕方なく孫が画廊で働くことを受け入れます。

 そんな矢先、オラヴィが出会ったのは、オークションハウスで飾られた1枚の肖像画。署名がないもののその価値を確信したオラヴィは、その絵画を手に入れようと資金集めに奔走。そのことを知った孫は祖父と共に作品の出自を必死で調べ、ある文献に行きつきます。

 オラヴィは最後の大勝負に出て、その絵を1万ユーロで落札します。本物ならその10倍で売れると踏んだからです。ところが落札額を支払う資金がなく、金策に奔走しますが、結局は孫のために母親が溜めた学費預金を母親の許可なく引き出してしまいます。

 結局、落札したもののオークションハウスのオーナーの妨害で作品は売れず、商売も行き詰まり、画廊を閉めざるを得なくなり、オラヴィは失望の中で死に遺言で作品は孫に手渡されて終わります。

 興味深いのは、画商の描き方とイエス・キリストを描いたサインのない絵に対する見方です。まず、画商をけっして高尚な職業とは描いておらず、名画を右から左に動かして大金を稼ぐ、芸術とは程遠い卑しい側面のある職業として描かれていることです。

 これはキリスト教のお金に関する価値観から来ているものです。ユダヤ人にはない価値観で、それゆえに画商にユダヤ人が多く、金持ちが多いとの事実です。無論、真贋の確認はオークションハウスや画商の重要な仕事ですが、目的は金だということをいいこととは描いていません。

 一方、イエス・キリストの肖像画にサインがないことについて、その作品を展示していた美術館から、その作品はロシアの有名なレーピンの作品とは思われるが、巨匠レーピンでさえ、聖画の慣例として描いた絵画に自分のサインはしないという見解を示す手紙をオラヴィは受け取りました。

 どんな巨匠でも聖画を描く場合は、自分の名前を刻むことは恐れ多いことで、「描いたのではなく、描かせて頂いた」という謙虚さが重視されたのが西洋絵画の伝統だという考えです。映画では、その絵画に魅せられた老画商が、単身親に育てられるスマホを操る極めて今風の孫と関わる中で、本当の価値のあるものが何かを発見する映画です。

 芸術、ビジネスマンとしての画商、ワーカホリック、現代社会、そして宗教的価値観を丁寧に描き出した見事な作品といえるでしょう。

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