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 これほど注目を集める裁判はないといってもいい2015年11月に起きたパリ同時多発テロの裁判が始まりました。イスラム聖戦主義者による裁判のむなしさは、彼らが死刑(フランスには死刑はないが)になろうが、自分たちは異教徒を殺害したことでアッラーの元にいけると確信していることです。

 殺人が正当化されていると信じる人間を、いかなる理由があったとしても計画的に人の命を奪うことは許されないとする法律で裁くことは困難が伴います。そのことを思い知らされたのは、裁判開始早々、判事から身元を明かすよう求められた主犯格のサラ・アブデスラム被告が名前とともに彼の職業は「イスラム国家の兵士」「「アッラー以外に神はいない」と述べた言葉が法廷に響いた時でした。

 さらに拘留中「犬のように扱われた」と不満も述べました。未だフランスがテロ戦争中であることを思い起こさせる裁判のスタートアップとでした。

 8か月は掛かるといわれる裁判の出だしは、自由主義陣営が積み重ねてきた価値観に真っ向から挑戦する兵士の裁判であることを思い知らされました。おりしもイスラム武装組織タリバンがアフガニスタンで主権を掌握し、主要閣僚を発表した直後の裁判です。

 2015年11月13日に発生した史上最大規模のテロ事件となったパリの同時多発テロ事件の裁判は8日、パリ中心部シテ島にある重罪院特別法廷で始まりました。公判中にテロが起きる可能性も排除できないとして、ダルマナン仏内相はパリ首都圏だけでなく、全国の警察に高レベルの警戒を指示しました。

 昨年9月には2015年1月に起きた風刺週刊紙シャルリ・エブドー本社編集部襲撃テロの裁判が行われている期間の9月、10月に襲撃テロが発生したこともあり、イスラム聖戦主義者によるテロが実行される可能性が高いと治安当局は見ています。そのため今回、裁判所にも1,000人の警官が配備されています。

 同テロは、オランド仏大統領(当時)とシュタインマイヤー独大統領がサッカーの試合を観戦していたパリ北郊外の国立競技場スタッド・ド・フランスの外で3人の自爆犯が自爆し、続いてパリ市内北部のカフェやレストランなど4か所で連続して銃の乱射や爆弾テロが起きました。

 さらに米ロックバンド「イーグルス・オブ・デス・メタル」のコンサートが行われていたパリ11区のバタクラン劇場に乱入したテロリストが銃を乱射し、爆発物を爆発させ、劇場内は修羅場と化しました。130名が死亡、300名以上が重軽傷を負う史上最大規模のテロの惨事となりました。

 全ては1時間以内に起きた出来事で、主犯格のモロッコ系ベルギー人のアブデルハミド・アバウド容疑者は事件後、隠れ家で発見され、治安部隊との銃撃戦で仲間ともに死亡しました。アバウド容疑者はシリアで過激派組織イスラム国(IS)の戦闘員だった経験もあり、ベルギー、フランスでのテロリストのリクルートにも関わっていました。

 今回の裁判の被告は、テロ実行犯の唯一の生き残りで当日、テロ実行の後方支援を行ったサラ・アブデスラム被告(31)を中心に他の19人ですが、被告のうち、計画立案の初期段階に関与したウサマ・アタルなど6人は生死も確認が取れず欠席裁判となっています。

 2016年3月に身柄を拘束されたアブデスラム被告は逮捕後、ベルギーでの裁判でも終始沈黙を続け、今回の裁判で沈黙を破って新事実が出てくるかどうかが注目されています。彼は事件当日、自爆用ベスト着用を拒み、ベルギーに逃走したことが分かっており、今回の裁判では死ねなかったことへの後悔を検察は突いてくると思われます。

 法廷に出廷している他の13人の被告は、資金調達や攻撃の計画など、さまざまな犯罪で起訴されており、その中にはテロの資金提供と武器の供給で告発されている36歳の女性、モハメド・アブリニ被告がいます。女性は2016年のベルギーのテロにも関与しており、来年はベルギーの裁判にも出廷予定です。

 犠牲者の遺族は悪夢にうなされながら6年近くを過ごしたといわれます。新年度が始まり、新型コロナウイルスの感染対策も緩和されたフランスですが、この裁判は重苦しい空気を与えています。

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