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 筆者が実施した日系大手電機メーカーのグローバルビジネスに関わる営業マンへの調査では、失敗談のほとんどが、異文化理解が不足し、日本の常識の延長線上で仕事をし、安易に相手を信用して裏切られた例が多く、さらに日本的なハイコンテクストのコミュニケーションで抑えが甘かったことが原因であることに気づかされます。

 以下は実際に韓国のビジネスの現場で起きたことです。

 日系硝子メーカーの国際営業部の加藤さん(仮名)は、韓国・慶州に生産拠点を置く韓国のモバイル端末を生産する企業との商談のため慶州に赴きました。加藤さんはこれまでアメリカ担当だったため、対韓国の交渉は初めてです。ただ、大型受注につながる可能性もあり、事前に韓国の情報も本やネットで調べて頭に入れてきました。

 その一方で、この数ヶ月間、韓国では反日感情が高まりを見せていることもあり、心配もしていました。最初に出てきた黄(ファン)さんは、年齢は若そうでしたが、非常に頭の切れそうな印象でした。会社のホームぺージの情報では、韓国では一流大学のソウル大学を卒業した後、アメリカのMITでMBAを取得したそうです。流暢な英語で数字も全て頭に入っていることに驚かされました。

 ただ、無駄な会話を避け、要点だけを詰めて、その日の打ち合わせは終わりました。加藤さんは話に盛り上がりがなかったことや、競合他社にも声を掛けていることも知り、黄さんの相手と距離を置く本年の見えない多少冷たいとも思える態度から交渉は難しいと思いました。

 加藤さんの調べた韓国ビジネス書では、韓国人はまず、非常に感情的で積極的によくしゃべり、公私に踏み込んだ話も初対面の相手でもしてくると聞いていました。それにアフターファイブが重要と聞いていましたが、そんな誘いも黄さんからはありませんでした。

 加えて昨今の反日感情の高まりで日系企業への大型発注は控える空気があるのではないかと思いましたし、黄さんからなんとも言えない屈折した感情も感じました。

 翌日、加藤さんはこれまでのアメリカでの経験も踏まえ、黄さんとの2度目の会見の席で「当方は結論を急ぐつもりはありませんが、可能性が薄いようでしたら早めに手を引かせてもらおうと考えています」と率直に伝えました。

 ところが黄さんは「私は加藤さんがアメリカ担当だったというので好感を持っています。韓国人は、相手が信頼できる人間かどうかを知るために、何かと相手と公私で接近したがるのですが、私はむしろアメリカ人の距離感が好きですね」と言うのです。

 加藤さんは自分の受けた印象を修正しなければいけないと思いました。そこで加藤さんは早めに知っておきたいと思い、「ところで韓国では最近、反日感情が高まっているようですが、ビジネスへの影響はありませんか」と唐突だったが聞いてみました。

 すると黄さんは多少苦笑しながら「それを心配しているのですか。会社としては日本とのビジネスは自社のブランド力アップに欠かせないと思っており、むしろ積極的です。それに私のように海外経験者は、マスコミで言われるような反日感情はまったく持っていません。むしろ心の中では日本に学ぶものが多く尊敬しています。ただし恥ずかしいので表には出しませんが」という答えが返ってきました。

 加藤さんは、マスメディアとビジネス書に書かれていた韓国人のイメージを大幅に修正せざるを得なくなり、結果的には交渉していた韓国企業と大型契約を結ぶことになったそうです。

 上記の実例から見えることは、異文化理解で事前に知識を習得することは無駄にはなりませんが、結局はステレオタイプのイメージを排除し、自分の心を白紙にして、自分の目で見て自分の肌で感じ、精度の高いコミュニケーションを取りながら、学習することが重要ということです。

 特に自分の持っている日本でしか通用しない常識で、相手に対する深い理解もない段階で先入観に支配されたり、いいか、悪いかの価値判断を絶対に行うべきではないということです。価値判断を下した途端、異文化理解は先に進めなくなるからです。無論、だからといって相手のいうことを鵜呑みにするナイーブさも危険です。

 「みんないい人のはず」という日本的性善説は、全てが見えにくく、高いリスクをも伴うグローバルな現場では危険を伴います。留学で経験したいい経験も、厳しい損得の利害関係が生じる交渉では冷静さや慎重さがないと痛い目を見ることも多々あります。

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