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 アメリカのバイデン大統領が、いかにアフガニスタンからの米駐留軍の撤退の正当性を強調し続けても、世界は実際に起きている混乱と悲劇、今後への懸念の言い訳にはなっていません。アメリカは確実に世界に恥をさらした事実を消すことはできないでしょう。

 その中で最もバイデン氏を追い詰めているのは、今年4月14日に撤退宣言をして以来、「(米軍が訓練した)アフガニスタン政府軍は最強だ」「カブールが陥落することはありえない」「現政権がタリバンと平和裏に新政権を樹立できるだろう」と公の場で述べたことでした。

 その言葉はすべて裏切られ、アフガン軍はタリバンの前にあっけなく敗走し、米軍が残した高価な戦車や大量の武器をタリバンに明け渡し、数日のうちにカブールは陥落しました。タリバンによって国は制圧され、報復や処刑、女性への弾圧を恐れる市民が空港に殺到し、大混乱となり死者も出ています。

 国を脱出できなかったアフガン人や外国人は、タリバンの指導者が「全員に恩赦を与える」とか、「報復はしない」「女性の権利はイスラム法の範囲内で守られる」といっても、過去のタリバンの行状からして、まったく信用はできず、市民は恐怖に打ち震えながら死と隣り合わせの生活を強いられています。

 日頃、民主党支持のリベラルメディアの米CNNでさえ「バイデン政権最大の失策」と評し、バイデン氏の言い訳にも理解を示していません。そんな中、保守系メディアのフォックスニュースは、イラク戦争やアフガニスタン駐留経験を持つ元米陸軍所属で現在は上院議員のコットン氏に意見を求めています。

 そこから見えてきたことは、この20年間に渡る米軍のアフガニスタン駐留の期間、歴代米国防長官や現地最高司令官らが繰り返し現実とはかけ離れた報告をし続けていたことです。特にアメリカが訓練したアフガン国家治安部隊が、いかにタリバンに対して戦闘能力を向上させ、発展させているかという主張は事実誤認も甚だしいものでした。

 トランプ前大統領に解任されたジェームズ・マティス元国防長官は、2010年7月に米中央軍司令官に指名される時の公聴会で「アフガニスタン軍はタリバンに対して、ますます効果的な存在になった」と証言し、アフガニスタン軍は米軍と並び「タリバンにとって最悪の悪夢だ」と付け加えています。

 同じ年の12月、当時の国防長官のロバート・ゲーツ氏は記者団に対して、アフガニスタン軍は「カブールの治安に責任があり」「うまく機能しており」「改善を続けている」と語っています。さらに2012年当時、アフガニスタンでの米国最高司令官ジョン・アレン将軍は、下院軍事委員会で「タリバンを恐れることはもうない」「アフガニスタン軍は私たちが思っていた以上に優れている」と述べています。

 さらに2014年年11月、アフガニスタンの当時、最高司令官だったジョン・F・キャンベル将軍は、アフガニスタン軍は米軍の支援を受けタリバンと戦うことができるかどうかとのメディアの質問に「彼らがタリバンと対峙する時は、いつでもタリバンは彼らの支配地域を失う」と答えました。

 同将軍は「私は数年前から今日への変化について、見たままの事実を話している。彼らは自分自身を守る能力を持ち、彼らはアフガニスタンで最も強力な機関だ」と述べたことも記録されています。

 バイデン大統領は「戦うつもりのないアフガン治安部隊とともに戦う意味はない」「犠牲に大義はない」と言い訳しました。確かにどんなに資金や武器を投入しても軍の兵士の戦闘意欲まで確認することはできません。結果的にアフガン軍の兵士はリーダー不在の中、米兵ほどの愛国心も最後まで身を挺して戦う決意もなかったことが明らかになりました。

 米歴代政権はこの20年間、アフガニスタンで政府軍と民間組織を増強するために巨額の資金を投じ、タリバンとの戦闘を繰り返してきました。ですが、歴代政権の戦略は、時の国防長官や現地総司令官の誤った現状認識によって、逆に反政府勢力への支持が増し、早い時点での交渉の機会も逃してしまいました。

 重要なことは、アフガニスタン国民の間には、常に勢力争いの内戦があり、タリバン=悪の勢力でない事実を理解できず、タリバン一掃まで闘い続けたことでした。中東で長年犯した過ちである自由と民主主義、法の支配、人権の価値観の押し付けをアメリカは行い、成果は得られませんでした。

 最終的にたどり着いたタリバンとの和平合意は、アフガン政府がタリバンから譲歩を引き出す余地のないものでした。さらにはロシアや中国がタリバンと接近し、政権を奪還した時に支えとなる外国勢力の足固めも許してしまいました。

 英BBCはバイデン氏の失敗は、アフガン政府及びアフガン軍に対する過大評価とタリバンに対する過小評価がもたらしたものだと結論付けています。米政府のアフガン戦略立案者は、国防長官や司令官からの事実とかかけ離れた報告を鵜呑みにし、現実離れした戦略を展開し続けてきたことが伺えます。

 そもそも米軍は2001年9月11日の米同時多発テロの首謀者であるウサマ・ビンラディン容疑者らアルカイダのメンバーをかくまった当時のタリバン政権への報復として軍事介入しました。2002年にはタリバンを政権の座から引きずり降ろし、山岳地帯に追いやることに成功しました。

 当時のブッシュ政権はアルカイダへの怒りから、タリバンとアフガニスタン国民の抜き差しならない関係を正確に分析することを怠り、タリバンからアフガン国民を解放することがアフガン戦争で目的化してしまいました。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、タリバン研究の権威、ベッテ・ダム氏の指摘を紹介し、アメリカが敵の戦闘員を捕まえることに重点を置きすぎて、地元民がアメリカ軍を利用し、対立する他のアフガン勢力に対する個人的な怒りを解決していることに気づかなかったことが、そもそもの対アフガン政策の誤りだったとしています。

 これはイラクやシリアで犯したアメリカの誤りでもあり、現地を慎重に分析し、まずは政治的交渉を的確に行うことなく、ある集団を悪と定め、一方的に叩くやり方を繰り返してきたことの過ちに極似しています。異文化理解の不足(あるいは自国の価値観でしか相手国を見ない姿勢)が、最悪の結果をもたらしたともいえます。

 同時に世界が高く評価されているアメリカ式リーダーシップにも大きな欠陥があることを世界に見せつけた瞬間でもありました。自分の評価を上げる嘘の報告をする部下に支えられ、正確な現状把握できないトップリーダーの話は、どこかで聞いた話でもあります。

 アフガン軍幹部の腐敗に目をつぶったことや、結果的にアフガン軍のリーダーシップ不在の深刻さを見抜けなかったアメリカのトップリーダーらの無能ぶりは、ハーバード大学ビジネススクールに象徴されるアメリカ式リーダーシップやマネジメントに暗い影を落とし、ビジネス界にも波紋が広がりそうです。

 アフガンショックで露呈したリーダーの無能さとリーダーシップ不在は、民主主義におけるリスクマネジメントの在り方に大きな問題提起を残したといえます。これはコロナ対策の政府の意思決定にも問題提起しています。そんなアメリカの退潮とともにタリバンに後ろで影響力を行使する中国の存在感がますます増すことを憂うばかりです。

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