Vaccination

 世界中で新型コロナウイルスのインド由来のデルタ株が猛威を振るう中、各国政府はワクチン接種が感染抑制の決め手ということで、接種の徹底に努めています。独裁国家など権威主義国では国民に接種の強制もできますが、自由と民主主義の国は苦戦中です。

 中で米国では共和党支持者の多い南部や中西部で接種拒否の抵抗に遭い、政治的影響が表面化しています。実はフランスでも同様な接種と政治の関係が顕在化し、問題になっています。

 米国は保守層、とりわけキリスト教保守派にワクチン懐疑論が拡がり、ワクチンもマスク着用も拒否する動きがありますが、フランスでは反権力、反政府の極右、極左支持者の多い地域で接種が進んいない現状があります。

 たとえば、極右・国民連合の牙城といわれるプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏(PACA)は、左派も強い地域ですが、いずれも時の権力者に常に反対する勢力です。今、政府が9日から実施を開始したコロナ対策のワクチン接種完了の健康パスの適用拡大や医療・介護従事者へのワクチン接種義務化では、国民連合も左派も抗議デモの先頭に立っています。

 特にPACAの人口1万人を切るオート・プロヴァンス=ペイ・ドゥ・バノンや、同じフランス南部オクシタニー地域圏の山間部の町、セヴェンヌは、接種率が全国平均の3割にしか満たない状況です。原因の一つは、PACAでは大半の医師がワクチン懐疑派なこと、そして政治的に極右・極左が強いことが専門家によって指摘されています。

 これは米国で宗教の影響が接種率に反映されているのとは異なり、単純な中央政府に対する反権力的メンタリティーが影響していることです。因みにカトリックの強いフランス北西部ノルマンディー地方は接種率が全国平均以上の町も少なくありません。

 フランスは来春の大統領選挙と国民議会選挙を控え、政治の季節に突入しています。ワクチン接種を含む政府のコロナ対策は、すでに政争の具になっており、ワクチン接種もその流れの中にあります。

 自営業者の支持者が多い国民連合は自由を好み、ワクチン接種義務化には反対です。大きな政府による国家管理の好きな左派は、本来ならワクチン義務化に賛成しそうですが、人権重視で個人の選択を尊重する視点やワクチン開発の背後で資本主義の顕花である巨大製薬会社と政治家が暗躍しているという説を支持していることから、信用できないワクチンを打つ必要はないという構えです。

 一方、フランス保健省は、自治体ごとのワクチン接種率だけでなく、さらに踏み込んで住民の収入や学歴、役職などに分けて調査、分析しています。その結果、収入や学歴、管理職など社会的地位の高い住民の割合が高いほど、ワクチンの接種率は上がっていると結論付けています。

 数字としては、高額所得者の多い自治体の接種率の平均が7月時点で47.2%なのに対して、移民を含む貧困層の多い自治体の平均は35.3%と10%の開きがあったとしています。たとえば貧困層の多い自治体は国民連合や左派支持者が多く、反権力思考なわけですが、その典型がフランス南部の大都市マルセイユです。

 マルセイユはチュニジア出身の最大の移民コミュニティがあり、アラブ系住民の割合が多いことやギャングによる抗争の町として知られています。多くの移民を抱える貧困層の多い自治体はワクチン接種
率が低いだけでなく、感染率も高くなっています。

 たとえば2014年のパリ五輪で多くの競技が予定されるパリ北郊外のセーヌ=サン=ドニ県は移民系住民が7割を占めるといわれ、パリ市で働くエッセンシャルワーカーの多くが住み、全国で最も治安の悪い県ですが、コロナ感染者数はパリ市の平均を圧倒する高さです。

 つまり、貧困層の多く住む地域は、医療体制も貧弱な上、今のデジタル時代についていけない教育レベルの低い人が住んでおり、彼らが支持する国民連合や左派がワクチン接種の政府方針に反対していることが接種拡大の壁になっているということが見えてきます。

 それでもワクチン接種以外、感染第4波を抑えるすべがないと考えるマクロン政権は、多くの抵抗に遭ったとしてもワクチン接種促進に力を入れるしかない状況です。コロナ対策は想定外の貧富の格差や政治志向の影響を受け、その国の政治状況や社会状況に大きく左右されています。

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