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 パリ市庁舎の前庭には五輪の旗が9日からはためいています。実は東京五輪がコロナ禍で1年延期され、異例づくめのコロナ禍で実施されたことで、フランスも五輪旗を受け継いでからの期間は1年少なくなりました。仏日刊紙ル・モンドは今月10日の社説で2014年7月26日から開催されるパリ五輪まで「3年しか残っていないが、課題も多い」と書いています。

 課題の一つはデッドラインが決められているのに、準備が大幅に遅れていることで、これは東京五輪の1年延期のせいにはできないことです。そしてもう一つは東京五輪でメダル数の最低ラインとされた40個に至らず、パリ五輪でも開催国として恥ずかしい結果になることへの懸念です。
 
 フランスでは1924年以来の夏季五輪開催となるわけですが、1894年に始まった近代五輪からは3回目となり、冬季五輪を含めれば5回目となります。

 ル・モンド紙は次回開催に向けた東京五輪の総括を閉会式後の9日付で書いています。それによれば「過去の五輪はアイコンとともに人々に記憶されており、1984年のロサンゼルス五輪では陸上のカール・ルイス米選手、1992年のバルセロナ五輪では米バスケットボールのドリームチーム、最近ではロンドンや北京、リオ五輪で、かつてないほど世界のスプリントを超越した存在だった自称“生きた伝説”のジャマイカのウサイン・ボルト選手がいた」と指摘しています。

 では、コロナ禍の公衆衛生危機の中で開催された過去にない東京五輪はどうかといえば、「最も印象的な人物は米体操のシモーネ・バイルズ選手の競技以外の彼女の行動が際立った」とし、「ヒーローはいなかったが歴史に残る五輪だった」とル・モンド紙は評しました。

 アスリートが自分の精神状態を優先し、棄権する姿勢は世界に大きな波紋を広げ、アスリートたちがいかに重圧の中で競技に臨んでいるかを世界に知らしめた五輪だったと分析しています。このことはテニスの4大大会フレンチオープンで自分がうつであることを告白し、試合を辞退した大阪なおみの態度も影響があったと思われます。

 アスリートといっても人間であり、繊細で傷つきやすい心を持った存在だということを世界中の人々に知らしめたわけです。この流れは世界中のスポーツ界に大きな変化をもたらすことが予想され、五輪でも心のケアに対する支援が本格化する可能性があります。

 このことに関連する話としては、東京五輪の体操女子団体の予選でドイツ代表チームが、従来のレオタードではなく全身を覆うボディースーツを着用したことが注目を集めました。

 これも五輪開催前の7月19日に開催されたビーチハンドボール欧州選手権の試合で、ノルウェーの女子ビーチハンドボール・チームが、ユニフォーム規定のビキニパンツ着用を拒否し、短パンで出場したことで、欧州ハンドボール連盟から罰金を科されたことが影響していると思われます。

 ノルウェーの女子チームに共感した米シンガーソングライターのピンクさんが、罰金を代わりに払う事を表明したことで、1部のスポーツのユニフォームが性的目的になっていることが批判され、注目を集めました。体操競技ではボディースーツも許可されていますが、五輪で唯一ボディースーツを選んだ彼女らに称賛の声があがりました。

 仏週刊誌マダム・フィガロは同問題で、ウエスタン・オンタリオ大学の国際オリンピック研究センターの元所長、ジャニス・フォーサイスに取材し「女性のスポーツを観戦する際、男性の聴衆を性的に刺激することで注目度を増し、スポンサーやテレビ契約、さらにはアスリートの企業スポンサーを引き付けようとする商業主義が背景にあるのは確か」との指摘を紹介しています。
 
 実際、彼女の調査では「2004年のオリンピックのビーチバレーボール試合中に撮影された画像の37%がプレーヤーの胸または臀部に集中していたことが明らかになっている」と述べ、「2008年の調査では、女性のスポーツに対する性差別的な見方は裏付けられている」としています。

 ル・モンドの指摘の流れでいえば、マダム・フィガロ誌は、五輪のスケートボードで13歳ながら金メダルを獲った西矢椛のユニフォームに着目し、「IOCが東京五輪にスケートボード種目を加えたことは、オリンピックのイメージの現代化で観客を活性化させることに貢献した」と指摘しました。

 スケートボード競技の五輪規定では、選手は自分が着る服は自分で自由に調達できることになっており、女子選手が男子選手同様、ルーズで長いTシャツとパンツを履いた西矢椛選手やブラジルのレイサ・リール選手は新風を巻き起こしました。ドイツの女子代表チームも「自分たちが着たい服を選んだ」と言っており、ユニフォーム規定に問題提起しました。

 実は五輪に登場するアスリートたちには「見世物的な要素」がもともとあります。それはローマの時代から奴隷たちを競わせ、民衆が喜んでそれを観戦するという欧州の伝統から来るものです。スポーツもエンターテイメントだとすれば、見世物的要素は排除できません。

 五輪は4年に一回、世界最高峰の選手が自国の国旗を背負ってメダル獲得を争う刺激的なイベントであり、それを見たい人々によって巨額のお金も動くわけです。建前は差別のない多様性の尊重ですが、見世物的要素からすれば、性的刺激を含め、アスリートの人権は守られていないのが現状です。

 そういった問題が東京五輪でアスリートたちが具体的な行動に出たこと、特にシモーネ・バイルズ選手のように競技を棄権するという判断は、アスリートは見世物芸人ではないことを示した画期的行動だったともいえます。スポーツの健全さと性的刺激を含め、人権を無視した見世物的要素の矛盾が表面化したことで東京五輪はアイコンを残したといえそうです。

 ル・モンド紙は「パリ五輪は、国とその多様性を世界に示すだけでなく、健康不安、分裂、衰退に苦しむフランス人を鼓舞する特別な機会だ」と書いています。さらにパリ五輪は「健康危機に苦しんでいる何千ものスポーツ協会にとって、新鮮な空気を吹き込む機会だ」として期待しています。

 フランスは米英とスポーツに対する考え方が根本的に違っており、まずはあらゆるスポーツの普及を優先しており、スポーツを国民に定着させることに心血を注いできました。その中から優秀なスポーツ選手は生まれるという信念だったわけですが、今回のメダルの数からすれば、米英のように優秀な選手を隔離し、プロ化させることも必要だと仏メディアは指摘しています。

 とはいえ、「スポーツの定着に努力し、実践してきた学校や町のスポーツクラブで働く体育教師やインストラクターたちにとっては、パリ五輪は大きな力になるはず」という期待感もル・モンド紙は書いています。

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