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 日本の菅総理は、症状が中等レベル以下の新型コロナウイルス感染者に対して、医療体制のひっ迫を避けるため、自宅で療養する方針を打ち出しました。同方針に対して「国民を見殺しにする」などの批判が高まり、撤回を求める動きもあり、国民の間に動揺が走っています。

 政府は中等レベルの中でも、重症化リスクが高い患者や人口呼吸器の装着が必要な患者の場合は、医師が自宅療養が可能かどうか判断するとしていますが、実際には明確な基準が示されていないとの批判も起き、現場の混乱が懸念されています。

 「国民を見殺しにする」という批判の声を耳にして、それは欧州では昨年来聞かれることで、そこまで厳しい批判がなかったことを思い出します。医療体制のひっ迫は日本よりはるかに早く欧州を襲いました。フランスでは治療できない患者をヘリコプターや高速列車TGVで他の地域や国外の医療機関に搬送もしました。

 しかし、それでも高度な機器がそろった集中治療室(ICU)の数が足らず、呼吸器を誰に優先して装着するかという話になり、いわゆるトリアージ(命の選択)を迫られました。イタリアでは高齢の神父が死ぬことが分かっていて、若者に人工呼吸器を譲り死亡し、英国では70歳以上の重症者は自宅療養するように仕向けられ、多くの高齢者が亡くなりました。

 しかし、興味深いのは、そんな状況に対して国民が怒りを爆発させることはなかったことです。私の目から見れば明らかに国民を見殺しにしているとしか思えませんが、十分な医療体制がない中で病院のキャパシティを超えた現状に多くの人々はあきらめ気味でした。

 つまり、日本は世界的にも医療は恵まれており、最高の治療が受けられるのは当然という感覚になっているということです。たとえば、欧州では、体外式膜型人工肺(ECMO)の有効性に気づくのが日本に比べ遅く、また機器そのものが少ない上、扱える技術者も不足し、導入が遅れました。

 自宅療養=患者を見捨てるという印象は確かに入院を断られた人々の不満という形で起きましたが、日本ほどの批判に繋がらなかったのは、騒いでも仕方がないくらい国の医療体制への信頼度が最初から低いということもあります。

 今回問題になっている自宅隔離や自宅療養の問題は、家族内感染が5割を超えている現状の中では無理もあります。特に日本の場合は欧米に比べ住宅事情が悪く、自宅内での隔離も困難な家庭は少なくないでしょう。欧米の場合はそもそも個室が当たり前な上、トイレが自宅内に2つ以上あるとか、バスルームも2つという家も今は少なくありません。

 2人が同時に使用できる洗面所も普及しており、自宅療養者を住宅内で隔離するのは難しくありません。ところが日本では、とくに水回りの設備が貧しく、隔離生活は同居者には重圧です。まして子供と一緒に寝る習慣のある日本では親のどちらかが自宅療養者になると、その困難さはさらに増します。

 10歳以下の子供の感染者が拡がる中、住宅事情の厳しさからいって、自宅療養という状況が増えると感染が確実に拡大する可能性もあります。ホテルという選択肢も準備されているようですが、20屬頬たない海外では考えられない小さな個室に閉じ込められ、滞在が長期化すると精神的ダメージも懸念されます。

 今後、居酒屋なども含め、世界的に見ても日本の狭い空間感覚が、公衆衛生上の距離という意味で問題になるのは確実でしょう。とはいっても急にこの状況が変わることはないので、対処するしかありませんが、少なくとも今後の住宅にこの教訓が反映されることを期待するしかありません。

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